待宵草の薄暮日記

今は趣味三昧の気ままなひとり暮らし。 覚悟をもって毅然と、でも時には誰かのために熱くなる、そんな日々の徒然を綴っています。

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早春の紀州 和歌山へ

生まれて間もなくその土地を離れたというのに、歳を重ねていよいよ懐かしく、訪れるたびに帰郷のような安らぎ。幼い頃何度か訪ねたのは、昔親が離れを借りていた知人の家で、目の前の夏みかん山から水を引いて池を作り錦鯉を泳がせていました。小川にはタニシやカワニナ、沢蟹も。外で子供の声がすると、名前も知らないお兄ちゃんやお姉ちゃんの後にくっついて無邪気にぴょんぴょん遊んでたなあ。和歌山弁の訛りが優しくて、思い出すとポッと心が温まります。

そんなわけで、近頃やたら気になる紀州徳川家お膝元の和歌山市内へ。

初めに向かったのは和歌山県立博物館。只今企画展「仏像は地域とともにーみんなで守る文化財ー」開催中。昨年「きのくにの名宝」特別展を観て一気にこちらのファンに。決して展示数が多いわけではないけど、丁寧な解説パネルやキャプションに熱意と愛情が伝わるギュッと濃縮された内容。今回は音声ガイドも借りてゆっくりと鑑賞。A5サイズの小冊子(無料)など印刷物も気が利いてます。

和歌山県立博物館

和歌山県立博物館

和歌山県立博物館

和歌山県立博物館

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国宝や重文など一目で凄いという完成度の高い文化財を観たいなら国立博物館に行けばいい。こちらにおられるのは、傷ついたり壊れたり時に流転しながらも地域で受け継がれ大事に守られて、人々の祈りが詰まった仏さまがた。盗難被害が絶えない現実には憤りを感じます。しかも被害が200体以上とは。必ず、必ず天罰が下りますからッ

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次に養翠園へ。紀州徳川家第十代藩主徳川治寶公により造営された約33,000㎡におよぶ接待の場、これぞ大名庭園です。

まず正門の佇まいが既にお殿さま。青々とした松の木が1,100本というのもお殿さま。

養翠園

池は海水を取り入れた珍しい汐入。錦鯉はいないけど、海藻と小さな貝がぎっしり。大浦湾をのぞむ地でありながらあえて海浜の景色ではなく、天神山と高積山を借景にした池泉回遊、舟遊式。広い水面に空を映して晴れ晴れとした名勝庭園でした。

養翠園

養翠園

養翠園

養翠園

次は和歌浦天満宮へ。石段短いけど一段が高くて不揃い、足元に気を付けヨッコラショ。

和歌浦天満宮

ご祭神はもちろん学問の神様・菅原道真公。明日子供が受験という女性も熱心にお参りされていました。

和歌浦天満宮

和歌浦天満宮

この日最後に向かったのは、すぐ近くの紀州東照宮。TVブラタモリ放映直後はかなり賑わったとか😎

ご祭神は徳川家康公と、紀州藩 初代藩主で徳川家康公の十男・徳川頼宣公。

紀州東照宮

紀州東照宮

神域に入って社殿をぐるっと回りながら、東照宮らしい華麗な彫刻を拝観。左甚五郎作も。

紀州東照宮

振り返ると和歌浦の海がキラキラ輝いていました。ここで一首・・・なんてできるわけがない💦

| ◆その他 | 19:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ツル飛来地・鹿児島 出水への旅

1月下旬、バタバタと航空機・レンタカー・ホテル・空港駐車場の予約をし、朝5時半に家を出て鹿児島へ。

鹿児島は二十歳の春に訪れたきり。まずは空港から大隅国一之宮・鹿児島神宮に参拝。御祭神は山幸彦の天津日高彦火火出見尊(あまつひだかひこほほでみのみこと)と豊玉比売命。ご本殿修理中で貴重な作業も見学できました。

鹿児島神宮

鹿児島神宮

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そのあと一路出水市を目指します。今回の旅は、以前何かで見てずっと心に突き刺さっていた映像、それは数えきれないほどのツルが空を乱舞する姿で、日本でここだけのこの時期だけのそんな景色をこの目で見てみたいいうのが目的。

お昼頃出水市ツル観察センターに到着。既に途中から田んぼにツルの姿を見つけてワクワクが止まりません。あの大きな鳥が近くで群れて餌を食べ、時々優雅に羽を広げて飛翔しています。

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世界には15種のツルがいて、うち7種がこの出水地方の広大な干拓地で観察されているそうで、10月頃からやって来て12月末から1月にかけてピークになるのだとか。1~2羽のヒナを含めた家族単位で行動しています。特に日本画にもよく描かれるマナヅルは、羽色もフォルムも美しく群れの中でもひときわ目立つ存在。でも、昼間はほとんど下を向いて食べているばかり。

一通り説明を聴いたあと、出水市ツル博物館でさらにツルの生態と地元の保護活動についてお勉強を。

日本一の大鈴がある箱崎八幡神社にもお参り。鈴だけじゃなくツルもビッグです。参道の紅梅は見頃までもう少し。

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出水麓武家屋敷群までたどり着いたときには雨がパラパラと。立派な石垣の趣ある武家屋敷が並らんだ道を車でぐるっと一周。

翌日は夜明け前にホテルを出て、再びツル観察センターに向かうと、ツルたちはねぐらから餌場に出てきて活発に動いていました。見上げると白み始めた空に幾つもの列を作って忙しく鳴きながら飛翔しています。何だか夢のよう。

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ツル観察センター周辺の荒崎と東干拓地の保護区域をしつこく往復しながら、望遠鏡も望遠カメラも持たないスマホだけの私は、少しでもツルの姿を目に焼き付けておこうと、何度も何度も心の中でシャッターを切るのでした。

本当にずーっと見ていられるけど、ツルたちに別れを告げ、薩摩国一之宮・新田神社へ向かいます。

新田神社

新田神社

御祭神は天孫降臨の天津日高彦火瓊瓊杵尊(あまつほだかひこほのににぎのみこと)。参道の長い石段を上がっていくと、そこは小高い神亀山の山頂。拝殿から50m奥には瓊瓊杵尊がお鎮まりになる可愛山陵(えのみささぎ)が。

新田神社

そのあと鹿児島市内にある薩摩藩主島津家の別邸・仙巌園で桜島を眺めながらランチを。食後に広大な大名庭園を散策していると、ドォーンと音がして目の前で桜島が噴火してビックリ。

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なかなか最後まで色々感動的な旅でした。

2月1日にはツルたちの北帰行が確認されたという便りが届きました。ありがとう、元気でね。
厳しくも自由な渡り鳥ツル、また会いたい。


出水ナビ 鹿児島県出水市観光ポータルサイト

出水ナビ 鹿児島県出水市観光ポータルサイト

| | 20:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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醍醐寺三宝院 冬の庭園

1月8日から始まった京の冬の旅で非公開文化財特別公開中の醍醐寺 三宝院へ。  

醍醐寺総門

参道を満開の桜が埋め尽くすのはまだまだ先のようです。

醍醐寺金堂a

醍醐寺五重塔

三宝院は醍醐寺座主の居住する本坊として醍醐寺の中核を担っている塔頭とのこと。慶長3年に秀吉が催した「醍醐の花見」を契機に復興されています。ご本尊は快慶作の、それはそれは端正でお美しい弥勒菩薩さま。

これまでなら襖絵や仏像ばかりに目がいくところ、今回は庭園をじっくり鑑賞。この日は気圧変化が大きかったようで、寒さが少し緩んだとはいえ風が強く、廊下にいるとすぐに体が冷え切ってしまいますが、その分空気は澄んでいます。

特別名勝庭園は全国で23件、京都は13件。うち特別名勝・特別史跡庭園は全国で6件、京都は鹿苑寺と慈照寺と醍醐寺三宝院の3件。(これは植彌加藤造園の社長、加藤友規氏の講座で習ったばっかり😝) つまり、国宝級ですね。

秀吉が自ら縄張りし3人の庭奉行に命じて修築したというこちらの書院造庭園は、覇者の象徴とされる「藤戸石」を主人石として配し、中央に池を置き3個の中島を設け9橋を架け築山や滝を築き多数の景石を配していて力強くも清雅、その風格はただただ見事という他ありません。


しかし国宝の表書院から見渡すと、藤戸石は亀島の五葉松からちょっと頭を出しているのが見えるだけ。足利義昭から始まって織田信長に豊臣秀吉、次々と覇者が魅了され、運び出しに派手な行列をつくって権力を誇示したという不思議な石。今は池の向こうから静かに見守っています。
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時々つぶやいています→コチラ

| ◇京都 | 20:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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暑くなってきました

只今、自粛生活継続中。

とはいえ、たまにはストレス発散に

こっそりつぶやいてます、PCサイトで。

| 緊急事態宣言発出中 | 16:59 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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神峯山寺から 本山寺へ

一昨年秋に吉野へ出掛けたとき、金峯山寺蔵王堂で役行者霊蹟札所会の吉野山出開帳というのがあって、そこで地元北摂の神峯山寺(かぶさんじ)と本山寺(ほんざんじ)をお見受けし、一度お参りしたいと思っていました。

緊急事態宣言を2日後に控え、暑かったけど高槻へ。

神峯山寺は多分30年ほど前、ハイキングの途中に立ち寄った記憶が。今では新しい道ができ、近くには新名神高速道路が通っていてびっくり。有料駐車場に車を入れるも、まわりには何もなくて、ここは何処でしょう?

神峯山寺

看板の地図を参考に東海自然歩道の道標通り歩いていくと神峯山寺に到着。結構しなくていい遠回りをしたようです。

神峯山寺

神峯山寺

こちらは今から1700年以上前、修験道の役小角が開基。日本最初の毘沙門天をお祀りされていて、その長い歴史と皇族との深い関わりから格式を誇っておられる天台宗のお寺。

新緑が眩しく鮮やか。本堂からお参りし、広い境内をまわります。でも… 何となく、これは本当に何となくなんですが、歓迎されていない感じがうっすらと。なかなかこんな風に感じることは珍しいですが、わたくしの邪念のせいでしょうか。

神峯山寺

神峯山寺

疫病退散の元三大師護符を求めてから、車で本山寺駐車場へ向かいます。舗装道だけど道幅狭いし歩こうかと迷ったけど、車で正解! かなりの登り坂でした。

そして駐車場からも急な坂を歩くことに。歩き始めの丁石には八丁とあります。ここから三丁までがしんどい。カラダを甘やかしてくれる踊り場もないしハァハァと登るのみ。やっと本山寺の勧請掛が見えてきました。

本山寺

本山寺

こちらも役小角が開基、開成皇子が創建したと伝わっているそうで、毘沙門天をお祀りする天台宗のお寺です。

本山寺

本山寺

「きっと来てくださいね。」 と仰っていたご住職にお会いしたかったけど、お参りを済ませると静かにお寺をあとにしました。

| ◇大阪 | 17:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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叡福寺 聖徳太子1400年御遠忌大法会

昨日は夏日。お昼前には25℃を越え、車は車外温度を30℃と表示しています。こんな日こそチャンスとばかり、大阪府太子町にある叡福寺へ。南阪奈道路の羽曳野東ICで下りると、小高い山の斜面にはビニールを被せたブドウ畑が目立ちます。閑静な住宅街を抜ければすぐ看板が。

こちらは、聖徳太子自らが廟所として選定されたと伝わる磯長廟(しながびょう)を守るために、香華寺として僧坊を置いたのが始まりという太子信仰のお寺。かつて、太子を敬う空海や親鸞、叡尊、良忍、一遍、證空、日蓮らも参籠し、日本の大乗仏教の聖地として栄えたとのこと。

叡福寺

今年は聖徳太子1400年遠忌に当たり、4/10~5/11に大法会が行われ、毎日のように各宗派による大法要が厳修されています。ルートに沿ってゆっくり拝観。

叡福寺

叡福寺

御廟は横穴式石室で、太子が49歳で薨去された後、前日に亡くなられたお妃の膳部大郎女(かしわべのおおいらつめ)と、2か月前に亡くなられた母君の穴穂部間人( あなほのべのはしひと)皇后と共に埋葬され、これを三骨一廟といわれているそうです。阿弥陀三尊と重ねているのですね。

叡福寺

叡福寺

聖徳太子御廟

法要が終わった後だからなのか暑さのせいなのか、とにかく参拝の人はまばら。法要日は駐車困るかなと思ったら、手前のなごみ広場の駐車場や他にもお寺で案内してもらえるので安心。

最後に1400年御遠忌記念のお守りを求め、帰りは推古天皇陵にだけお参り。

推古天皇陵

推古天皇陵

周辺には幾つか御陵が点在し、古い町並みに風情があり、暑くなければのんびり竹内街道あたりを歩いてみたいところでした。

太子町マンホール

| ◇大阪 | 15:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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春の瀬戸内 しまなみ海道の旅(2)


大三島で迎えた2日目の朝は、早めに朝食を済ませ宿を出て、ひと気のない参道を歩いて再び大山祗(おおやまづみ)神社へ。生まれたての穢れひとつない朝に神気が立ちのぼっていました。

大山祇神社

大山祇神社

昨日見逃していたものを隅々まで拝観。

大山祇神社

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大山祇神社

宝物館入口の前には時宗の開祖・一遍上人が奉納したという宝塔が。

大山祇神社

2年前、京都国立博物館の特別展『国宝 一遍聖絵と時宗の名宝』で、一遍上人の生涯が描かれた絵巻に大山祗神社参詣の図がありました。

一遍上人といえば伊予国の河野道広の次男。そこで調べてみると、ご祭神の子孫・小千命(おちのみこと)を始祖とする越智氏から分かれたのが河野氏で、やがて三島水軍を率いることになるのですが、さらにそこから派生したのが村上水軍とのこと。伊予国一之宮・大山祗神社は、河野氏や村上水軍の氏神として崇敬され、中世以降も武士からの崇敬が篤く、奉納されたものは国宝8点・重文682点として残されているそうです。

受付が始まり宝物館へ。エエッと驚くほどの国宝が並んでいます。こんなにじっくり甲冑を見たことありません。それに太刀も。これ、関西なんかで公開したら行列ものですね。

大山祇神社

以前必死でにわか勉強したくせに、今では大部分が記憶の彼方で、少ない知識を総動員してキャプションを読みながら行ったり来たりして時間をかけ色んな角度から鑑賞。ひとり至福のとき。

大山祗神社をあとにして急いで向かったのは、大島にある能島水軍 潮流体験。船に乗り込むと、かつて海城のあった能島へスピードを上げて近づきます。さすが天然の要塞と言われるだけの激しい潮流。船も大きく揺れ、大迫力で思わず声が出て大興奮。

能島水軍潮流体験

能島

能島

能島

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船を下りると、ちょうど向かいが今治市村上海賊ミュージアム。こちらでは水軍とは呼ばず、多様な活動を表現するために海賊(≠パイレーツ)と呼んでいるそうです。

村上海賊ミュージアム

しまなみ海道の能島・来島・因島をそれぞれ本拠とする三家からなる村上氏の系図や、戦国大名との関わりなど興味深く見学。

ここから大島の南に移動し、亀老山展望公園に。 山の上から来島海峡を一望。絶景です。


次に因島に戻り、白滝山へ。駐車場に車を止めて石段を登り頂上に行くと、五百羅漢が海を見下ろしていました。因島村上氏が建立したと伝わる観音堂も。ちょっとした奇観ですね。

五百羅漢

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最後に因島水軍城へ。閉館時間が迫る中、駐車場から息を切らして坂を上がり、ギリギリ滑り込み。こちらは、昭和58年に建てられた全国でただひとつの水軍城で、因島村上氏ゆかりの様々な品が展示されています。

因島水軍城

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因島水軍城

このあと尾道へ。夕食は地元の人が多いお寿司屋さんで。瀬戸内のお魚だけのにぎり寿司を堪能。すっかり暗くなってから千光寺近くのお宿に到着。お部屋の窓一杯に尾道水道の夜景が。旅情にひたりながら2日目を終えました。

尾道

つづく・・・ 

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