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待宵草の薄暮日記

今は趣味三昧の気ままなひとり暮らし。 覚悟をもって毅然と、でも時には誰かのために熱くなる、そんな日々の徒然を綴っています。

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秋の吉野② 金峯山寺~吉野上千本~丹生川上神社下社・上社

翌日は朝5時起床。支度をし夜明け前の6時にお宿を出て金峯山寺へ。

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ほどなく東の空が白み始めて、振り返れば蔵王堂にかかる有明の月。澄んだ冷気が体の奥まで染み渡ります。

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6時30分から蔵王堂 朝座勤行に参加。最初に鐘が鳴り、続いて法螺貝や太鼓が鳴り響く力強い独特の勤行です。必死に経本の文字を目で追い声に出しながら、チラッと横を見ると修験道の方々は次々と印を結んでおられます。木魚の音を合図にお焼香、最後にお経を唱えながらお堂を回り全ての仏さまにお参りして終了。

お宿に戻って朝食を済ませ、歩いて上千本を目指しますが、これがなかなかの急坂。ようやく花矢倉展望台に着いたら、ご褒美の絶景が待っていました。

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一息ついて吉野水分神社へ。こちらは、伊邪那岐命と伊邪那美命から生まれた水の配分を司る天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)が主祭神。三殿一棟造りのご本殿は、長い風雪を感じさせる風格。

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ここで折り返して下千本まで戻り、次は車で下市町の丹生川上神社下社へと向かいます。

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伊邪那美命が火の神・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を生んだのが原因で神避られたのを嘆いて、伊邪那岐命が十拳剣で火之迦具土神を斬殺した際、剣の柄についた血から生まれた水の神・闇龗神(くらおかみのかみ)が、こちらの主祭神。拝殿からご本殿へと続く木製七十五段の階(きざはし)は日本最長とか。

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最後は、川上村の丹生川上神社上社へ。ご祭神は高龗大神(たかおかみのおおかみ)とあり、下社の闇龗神と同じく斬殺された火之迦具土神の血から生まれたとされています。

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旧社地は吉野川沿いにあり大野ダム建設に伴い水没、平成10年に山の中腹に遷座。水から離れてしまいましたが、吉野川が望めます。


<2日目> 金峯山寺→吉野 花矢倉展望台→吉野水分神社→丹生川上神社下社→丹生川上神社上社

今年東日本では大規模な水害が発生。今なお多くの人々が嘆き苦しんでおられます。そんな被災地に思いを巡らせながら、水の神様をお祀りする三社をお詣りし、心を込めて拙い祈りを捧げる旅となりました。

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秋の吉野① 丹生川上神社中社~金峯山寺

週末急遽予定が空いて天気予報は晴れとなると、これはもう出掛けるしかないでしょう、ひとり旅に。

調べてみると、吉野では金峯山寺蔵王堂秘仏本尊ご開帳と役行者霊蹟札所会 吉野山出開帳とあり、紅葉もまずまずのよう。近くには前からぜひともお詣りしたかった丹生川上神社三社もあります。

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しかも、前から泊まりたかった吉野荘 湯川屋さんが珍しく一人泊のお部屋を提供しているのをネットで見つけて即予約。30分とかからず旅程も決定しました。

出発当日は快晴。山の冷え込みを考慮して荷物は多めだけど、車だから平気です。まず始めに向かったのは、東吉野の丹生川上神社中社。いくつもの山と集落を越えて辿り着く奥深い秘境の丹生川(高見川)沿いに鎮座する神社です。

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第40代天武天皇の御代に「人声の聞こえない深山 吉野の丹生川上に我が宮柱を立てて敬い祀らば、天下のために甘雨(あましあめ)を降らせ霖雨(ながあめ)を止めよう」という神のお告げがあり、それでお社を建て、祈雨・止雨の神 雨師(あまし)明神をお祀りし、弊と馬を奉ったとのこと。

ご祭神は罔象女神(みづはのめのかみ)で、伊邪那美命から生まれた水の神。澄んだ空気と清らかな川音に包まれる神聖な別世界。ありがたく胸がいっぱいに。

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こちらは、延喜式では名神大社、後に二十二社という社格だったというのに、戦国時代以降は衰微し、いつの間にか蟻通神社と呼ばれるようになり、ついには所在不明となります。明治になって研究調査が行われ紆余曲折の末、丹生川上神社として中社と定められることに。先に丹生川上神社とされていた二社は丹生川上神社下社、丹生川上神社上社と改められます。

しばし浮き世を忘れたところで、吉野山に向かいます。吉野神宮周辺は紅葉が始まっていました。こちらは明治22年に創立された後醍醐天皇をお祀りする神社なんですね。

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一旦下千本のお宿に寄って宿泊者限定の拝観券を購入し車を置いてから、金峯山寺蔵王堂へ。仁王門は只今大修理工事中。

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こちらは、役行者が厳しい修行の中で金剛蔵王権現を祈り出されて、その姿を山桜に彫ってお祀りしたのが始まりとか。金峯山修験本宗の総本山。ゆえに、吉野山では山桜がご神木として1千年以上に渡って守り伝えられています。

お久し振りのご本尊 金剛蔵王権現三体も圧倒的で大迫力。何しろ中尊の高さ7.3mと日本最大。くっきりと青いお顔で金色の眉を吊り上げ髪を逆立て睨んでおられるけど、丸みのある輪郭や美しく荘厳されたお姿はちょっぴり優しい。釈迦如来・千手観音菩薩・弥勒菩薩の化身とか。

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蔵王堂の周囲には、役行者ゆかりの36ヶ寺のお寺さんが集まられて、それぞれお像をご開帳。お賽銭を入れながら手を合わせて回ると、お寺との距離が一気に近くなる感じ。

ブラブラと吉水神社まで歩いて見晴台で一目千本の山並みを眺め、ちょうど日が落ちる頃本日のお宿・吉野荘 湯川屋さんに戻り、お部屋でゆっくり会席料理の夕食を。ふと窓の外に目をやると、吉野のお山にぽっかり浮かぶ月。居待月とかいうのでしょうか。

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<1日目> 丹生川上神社中社→吉野神宮→金峯山寺→吉水神社→吉野荘 湯川屋

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島根 神話をたどる旅②

朝はバイキングでしじみ汁を。朝食後に宍道湖周辺を腹ごなしにお散歩。湖にはしじみ採りの船が何艘も出ていて、もう白鳥が渡ってきてるのですね。

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お宿をあとに2日目初めに向かったのは、八重垣神社。素戔嗚尊が八岐大蛇を退治するとき、こちらの奥の院・佐久佐女の森の大杉を中心に八重の垣根を作り稲田姫命を隠したとされています。以下社伝は須我神社に同じ。宝物収蔵庫に展示されている本殿内の板絵は平安時代の宮廷画家筆と伝えられ、描かれた天照大神や稲田姫命は格調高く彩色も美しく神代を妄想。

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次に島根県立美術館へ。開館20周年記念展とあるだけになかなかの見応え。ターナー・コンスタブル・コロー・ミレー・モネの様々な黄昏、高橋由一・和田英作・菱田春草の郷愁を誘う胸がキュンとなる黄昏など。ずっと夕景ばかり見ていると何だか眠気が。これって色彩心理?! 宍道湖を眺めながらコーヒーブレイクを。

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美術館を出るころ急にどしゃ降りに。くじけそうになりながら佐太神社へと向かいます。幸い着いた頃には雨も止みました。こちらは出雲大社、熊野大社に次ぐ出雲国三大社で出雲国二之宮。多くの神々をお祀りしていますが、元々は佐太大神のみのお社だったとか。鎌倉中期には出雲大社に匹敵する社領を有し、200人を越える神職がいたとのこと。社殿は三殿並立の大社造りで荘厳。

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出雲では旧暦10月になると神在祭を行う神社が出雲大社をはじめ何社もあり、参集された神々は出雲国内を巡行されるようです。佐太神社でも神在祭が行われますが、厳粛にして独特な祭儀らしく神秘的です。

そして、旅の最後は島根半島の東端、美保神社へ。美保関の小さな入り江を漁船がぐるりと囲む静かな漁港に着きました。その昔、交易の中継地として栄えたのだとか。こちらのご祭神は大国主神の御子・事代主神(ことしろぬしのかみ)とお后の三穂津姫命。事代主神=えびす神で総本宮とのこと。ご本殿は珍しい比翼大社造。

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この美保の海の白く高く立った波頭を伝って天のガガイモの船に乗りヒムシの皮をまとってやって来たのが、小さな少名毘古那神(すくなびこなのかみ)。大国主神と共に国造りに励み、やがて常世国に去られます。

またここは、大国主神が国譲りを迫られた際、事代主神が承諾して天逆手(あめのむかえで)を打ち自ら海中に青い柴垣を作ってお隠れになったところ。この神話を伝える青柴垣神事は、町を挙げての荘厳なお祭りということです。

淡々と車を走らせ、神代に思いを馳せながら、決して見つかるはずもない黄泉の国や根の堅州国・底つ根の国や常世国を探しつつ、ただ神々にまみえるためだけの、神社ばかりの地味で代わり映えしないこんな旅ゆえ、誰も道連れにはできません。

時刻は15時前。大阪まで270㎞ 一人で結構な遠距離ドライブ。あいにく往きも帰りも伯耆富士・大山には厚い雲が。紅葉の始まった雄大な姿を一目見たかった・・・

<2日目> 八重垣神社→島根県立美術館→佐太神社→美保神社

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島根 神話をたどる旅①

何故そんなところへ行くのかと問われても、そこに何があるのかと訊かれても、答えはありません。ただ神々の近くで大いなる神威に触れて無心に手を合わせる。この広大無辺な地上の片隅で誰にも顧みられずひっそりと生きる者にも、時として神はその姿を現すから。

そんなことをつらつらと考えながらひとり車を飛ばして、2月に続き神話の国・島根へ。前回は国造りと国譲りの地・出雲を巡りましたが、今回はさらに神代を遡り東出雲、八雲、松江、島根半島の先まで伊邪那岐尊や素戔嗚命、大国主神にまつわる7社の神社に。

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一番の目的地・黄泉比良坂に行く前に、揖夜(いや)神社へ。伊邪那岐命が黄泉の国で亡き妻・伊邪那美命の変わり果てた姿を見て驚き逃げ帰る際、大岩で黄泉比良坂を塞ぎます。それが今の伊賦夜坂(いふやさか)で、のちに揖夜(いふや)神社が建てられたとか。

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宮司さんに道を伺い、いよいよ黄泉比良坂(よもつひらさか)へ。伊邪那岐命は、黄泉の国から追いかけてきた伊邪那美命と大岩ごしに最後の言葉を交わし絶縁、死者と生者が別れます。黄泉比良坂はあの世とこの世の境。

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黄泉の国へのポストがあります。前夜書きしたためた手紙を2通、投函。

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次は神魂(かもす)神社に向かいます。伊弉冊大神をお祀りする小ぶりながら堂々たる大社造りのご本殿は国宝。のちに出雲国造となる、天穂日命(あめのほひのみこと)を祖とする地方豪族・出雲氏は元々この辺りが本拠地だったとか。

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このあと出雲国一之宮・熊野大社へ。素戔嗚尊を主祭神に、火鑽(ひき)りの神事を司る出雲を代表する神社です。古くは出雲国造がお仕えしており出雲大社との関わりが特に深いのも頷けます。随神門を潜った辺りから空気が変わり何やら神々しい気配が。

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この日最後は須我神社へ。八岐大蛇を退治した須佐之男命が櫛名田比売(くしなだひめ)を妻に迎えて建てられた新居・須賀宮とか。宮造りのときに詠まれた和歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」は31文字の最古の歌で、和歌発祥の地に。

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宿泊先の松江しんじ湖温泉へは予定通り到着。宍道湖を目の前にして、曇りのため夕景は望めず・・・

<1日目> 揖夜(いや)神社→黄泉比良坂(よもつひらさか)→神魂(かもす)神社→熊野大社→須我神社

| | 21:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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嵯峨大念佛狂言

20日(日)は嵯峨野の清凉寺(嵯峨釈迦堂)へ。前身の棲霞寺は、源氏物語主人公・光源氏のモデルといわれる嵯峨天皇の皇子・源融の山荘を仏寺としたもので、中世には融通念仏の道場だったと伝えられています。

広い境内の西門近くの一角に、昨年秋に2年半かけて修復を終えた嵯峨狂言堂。意外と小ぢんまりした観覧席の最前列が、今日の私の特等席です。

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国の重要無形民俗文化財に指定されている嵯峨大念佛狂言は、面をつけ身振り手振りで仏の教えを説く無言劇。演目には能楽系のカタモンと、ちょっとコミカルなヤワラカモンの2種類があり、交互に演じられているそうです。囃子方の鉦、太鼓、笛のカン・デン・デンというリズムもこれまた独特。

午前中狂言堂内部を見学、1時半から秋の公演が始まりました。素朴だけど普遍的なんでしょう、心に沁みます。そして、いつまでも頭の中でカン・デン・デンと鳴り続けるのでした。

| ◇京都 | 16:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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近江の厳島・白鬚神社

秋天一碧、こんな日はドライブに限ります。それも夏の喧騒が去った穏やかな琵琶湖あたり。

京都東ICから湖西道路で高島へ。何度か前を通ったことがあるはずだけど、まだ参拝したことがない白鬚神社に。

湖岸を通るR161から駐車場に入ると、平日なのに結構車が止まってます。こんなところにまで中国人観光客の団体が。その上超大型リムジンで海外からの撮影隊まで到着。諦めて琵琶湖に浮かぶ大鳥居を眺めながらしばらく遣り過ごすことに。

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こちらは垂仁天皇の皇女・倭姫命が創建したといわれる近江最古の神社。ご祭神は、天孫降臨の際に瓊瓊杵尊の案内をされた猿田彦命で、白髪に白鬚という老人姿の長寿神とか。

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風格あるご本殿は1603年に太閤秀吉の遺命により造営された重要文化財。豊臣家の家紋・五三桐も見えますね。境内の奥に進み斜面を見上げると岩戸社。その横に磐座でしょうか。

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近づくにつれて空気が変わります。静寂が遠のきハッとして立ち止まると、木々の向こうから何ものかが頻りにざわめいています。引き寄せられるように磐座の前へ行き、そっと両手で触れてみます。すると温かいものが流れ込んできてたちまち胸を満たしました。それは懐かしいような、どこか哀しいような。

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何度も振り返り神社をあとに。そして久し振りにマキノまで足を伸ばします。メタセコイアの並木を眺めながらマキノピックランドでティータイムを。

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このまま琵琶湖一周できるかもと一瞬考えたけれど、寝不足気味なので眠気に襲われる前に帰ることにします。( 行こうとしていた鵜川四十八体石仏群は車で通り過ぎてしまい残念

| ◇その他 | 15:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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陸上自衛隊 中部方面隊 59周年記念行事

いくつになっても初めてというのはワクワクしてしまいます。

6日(日)は、陸上自衛隊 中部方面隊 59周年記念行事が開催される伊丹駐屯地へ。抽選で駐車券が当たり、ビシッと制服に身を包んだ隊員の方の案内で、空港近くの駐車場からシャトルバスに乗って向かいます。

大勢の来場者がグラウンドを囲む中、記念式典が始まりました。高機動車や戦車や見たこともない大きな車輌が唸りながら目の前に。厳しい訓練の様子も垣間見ることができ、何と言ったらいいでしょうか、この高揚感は。国を守る方々に失礼かもしれないけれど、本当にかっこいい。

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1時間ほどのお昼休憩を挟んで、中部方面音楽隊による演奏が始まりました。大阪学院大学・高校チアリーダー部のパフォーマンスで盛り上がり、音楽隊で人気の歌姫・鶫 真衣(つぐみ まい)さんの清らかな歌声が聴かせます。

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10時から3時過ぎまで、紫外線を浴び続けてずっと屋外。それが苦にならないほど夢中になってしまいました。


自衛隊の皆様ありがとうございました。

| ◇兵庫 | 00:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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古澤巌 千里天神奉納公演 2019

古澤巌さんは、ヴァイオリンを志す人が憧れるヴァイオリンニスト。世界を舞台に活躍される傍ら、日本の社寺、それも有名な社寺のみならず、音楽が届きにくい地域の小さな社寺までもコツコツと巡り演奏することをライフワークにされています。

そうした活動は、この千里の鎮守の杜・上新田天神社からスタート。そして、今年は10周年を迎えるとのこと。決して広くはない境内にビッシリと椅子が並べられています。

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まず古澤さんが昇殿参拝。日が落ちて神社に明かりが灯るころ、社殿前で演奏が始まりました。一瞬にして心を掴む、緩急も剛柔も自在の、濃密な音色が響き渡ります。うっとりと夢見心地の1時間半があっという間。

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自宅に近い産土さんの上新田天神社で、こんな素晴らしい演奏が毎年聴けるなんて。そして最後にサプライズプレゼントの10周年記念ボールペンまでいただけて本当に幸せ💕 神さまに感謝、明日お詣りにまいります。

| クラシック | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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黎明教会資料研修館 Reimei Art Gallery

10月12日(土)から始まる京博特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」開催に先立ちボランティア研修を受けたあと、お気に入りの伊藤軒でランチを。

この日は午後から黎明教会資料研修館 Reimei Art Galleryへ。只今、秋季展開催中。これまで気になりつつも、その名称から何となく一人で行きづらい感がありボランティア仲間と。

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こちらは吉田山の麓に位置する、小ぢんまりした9室の展示室からなる美術館。光琳・乾山・宗達など琳派を中心に光悦の書や歌仙絵と渋い作品が並んでいます。落ち着いて静かにゆっくり鑑賞できるのが嬉しいですね。温かみのある対応にも好感が持てました。

近くまで来たので、このあと茂庵へ。神楽岡通りから目印の看板を辿って、急な階段を上がりさらにさらに坂道を上ってようやく吉田山山頂に。皆さん大丈夫!?

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レトロで趣のあるカフェで、窓から市内の景色を眺めながらホッとひと息。汗が引いたところで、坂を下って帰路に。

| ◆京都 | 19:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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能勢 三草山

まだまだ暑い9月末、ザックを引っ張り出して山へ。今回は友人の提案で近場の能勢・三草山(標高564km)に登ります。格好だけは一丁前、だけど目指すは足場が良くて木立の気持ちいい、怖くない安全な楽々低山のみ。冒険しないから、いつまでも成長もしません⤵️

まず道の駅 能勢(くりの郷)で情報収集。ついでに栗御飯を買い込み、慈眼寺へ。傍らに車を停めたらいざ出発。

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浮石で歩きにくいところは一部だけ。頂上手前の登りがちょっと長くて急でした。

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山頂は少し開けた広場になっていて、丸太に腰掛けお弁当を広げて昼食を。

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下山途中、長谷の棚田が見えてきました。稲刈りの終わったのどかな里山の風景です。とはいえ気温はいまだ30℃超。日陰が無いと暑さが堪えます。そういえば、以前来たときに比べて彼岸花も少ないような。

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ヘビの歓迎を受けたり、蜂が首元に潜り込んできたりしたけど、近ごろ動じずやり過ごせるようになったのは、成長か?それとも老化か?どっちでしょう・・・

| ◇大阪 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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