待宵草の薄暮日記

今は趣味三昧の気ままなひとり暮らし。 覚悟をもって毅然と、でも時には誰かのために熱くなる、そんな日々の徒然を綴っています。

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伏見五福めぐり ウォーキング

お正月はつい気が緩んで食べ過ぎに。こんなとき体調を整えるにはウォーキングが一番。京都・伏見まで車で行き、人混みを避けしっかり歩いて寺社をめぐります。色紙を購入し5ヵ所(御香宮神社・乃木神社・藤森神社・大黒寺・長建寺)で授印してもらうと干支の土鈴が贈呈される伏見五福めぐり開催中。

伏見五福めぐり

まずは御香宮神社から。

御香宮神社

御香宮神社

次に砂利を踏みしめながら明治天皇の陵、桃山御陵へ。東奥にある昭憲皇太后の桃山東陵にもお参り。

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すぐ近くにある乃木神社へ。

乃木神社

桓武天皇の陵、柏原陵を横目に静かな住宅街を抜け、藤森神社へ。

藤森神社

折り返して大黒寺へ。お参りの後は、本堂前の『幸せの壷』で運だめし。水を張った大きな壷に硬貨を沈めて、底にある小さな筒に入れるというもの。3回目で筒に入り、いいことあるかも。

大黒寺

最後は、お濠越しに酒蔵を眺めながら長建寺へ。

長立寺

伏見酒蔵

本日の総歩数 19,600歩。やや足だるいです。

| ◇京都 | 00:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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智積院 大晦日から元旦へ

ここ数年大晦日はクラシックのカウントダウンコンサートで賑やかに過ごしてきたのに、'20は当然すべて公演中止。この事態は早くから予想できたので、趣向を変えて地味に宿坊を予約。あろうことか数日前からの大雪予報に、万一の時はキャンセルを覚悟していたら、晴れて名神高速の通行止めもなくスムーズに京都入り。比叡山や京北方面の山々は白く雪に覆われていて真冬の厳寒を実感。ほどなく七条通りから東山が見えてくると、馴れ親しんだ景色にスッと気持ちが和んでくるのがわかりました。

6年間ボランティアをしていた京都国立博物館の向かいにある智積院(ちしゃくいん)は真言宗智山派の総本山。今回、9月にグランドオープンしたばかりでピカピカの智積院会館に泊まります。チェックイン受付は黒い袈裟を着たお坊さま。

智積院会館

荷物を置いたら、お正月準備が完了している境内に。

智積院 冠木門

智積院 境内

智積院 金堂

そのあとぶらぶら鴨川までお散歩。さすがにほとんどのお店は閉まっていましたが、お気に入りの十字屋さんは営業中。ここのお漬物はホントに美味しいんです。ほのぼのしたご夫婦のお人柄も◎

夕食は京懐石料理でお味もなかなかと思ったら、京都駅前にあるハトヤさんがテナントとして入っているのだとか。大浴場はずっと閉鎖されていたけど、この日初めて時間予約制で試験解放。しばらくテレビを見て過ごしましたが、待ちきれず11時半に冠木門辺りに行くと、大根焚きの振る舞いが。ありがたくいただき、整理券を握り締め早々と誰もいない鐘楼堂前に並びます。見上げれば煌々と輝く十六夜の月。

智積院 鐘楼堂

午後11:45からお焚き上げ法要が始まりました。鐘楼堂越しに赤々とした炎を眺めていると、大勢の僧侶が一列に目の前を通って鐘楼堂の方へ。そして、午前0時ちょうどに一つ目の鐘が突かれ除夜の鐘が鳴り響きました。確か3,4回僧侶が鐘を突いたところで、明けましておめでとうございますとご挨拶のあと、案内されて参拝者最初の鐘を突きます。煩悩は祓えたでしょうか!?

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次に金堂に向かい堂内に座って、間もなく始まる修正会を待ちます。修正会とは、昨年一年の悔過と、新年一年の鎮護国家・仏法興隆・安泰を祈願する法要とのこと。厳かで張り詰めた空気の中、僧侶らの声明が大きく響き渡ります。

厳粛なはずなのに、頭の中で声明が無数に響いてはぶつかり合い跳ね返り覆い尽くし、あー、これはカオスだ、と。まるで宇宙に彷徨っているかのようです。この名状しがたいカオスは、やがて声明が終わると清々しい心持ちに。

修正会の後は、明王殿で元朝護摩法要。太鼓の音が力強く響き、不動明王の御前で護摩が焚かれます。終了後に御守護のお札をいただき解散。

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翌朝は7時から若いお坊さんの案内で、講堂・大書院や名勝庭園、収蔵庫をゆっくり楽しく拝観。何度か訪れてはいますが、やはり元旦は格別の感慨でした。

智積院

智積院 大書院

智積院 名勝庭園

朝食を済ませてチェックアウト。せっかくなので、近くの豊国神社へ初詣に。唐門が開けられ、初めて本殿前まで進むことができました。

豊国神社

豊国神社

ほとんどひと気がない七条通りを智積院会館まで戻って車に乗り込み、頼んでいた小嘉津のお節料理を受け取りに寄り道してから家へ。どこもひっそりとした元旦でした。

| ◇京都 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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年末あるある 古事記三昧

ステイホームで暇ならサッサと大掃除でもすればいいのに、片付けそっちのけでいつも横道にそれてしまうのが私の悪いクセ。日ごろ古事記が好きと公言してたら、友達が面白い古事記の本を貸してくれたので(下の2冊)、またまたそちらに没頭。そして大掃除は先延ばし。

古事記

『真・古事記の宇宙』の著者・竹内睦泰氏は、かの有名な武内宿禰の第73代目の子孫とか。そこに伝わる門外不出の口伝の一部が記されています。元々武内宿禰は第12代景行天皇から第16代仁徳天皇まで5代の天皇に仕えた(!)という謎の人物。どの古事記にも描かれていない、奥深いけどかなり奇想天外ともいえるスピンオフストーリーでした。

哲学者・梅原猛氏の仮説やアイヌ語との共通点などの著述は、残念ながらイマイチ胸に響かず。

ふることふみ(古事記)は、日本最古の歴史書にして優れた文学書。難しいことは置いといて、私は単純にそこに描かれる生と死、そして神と俗のシンクロをこよなく愛しています。『えええー!?』『そんなことある!?』 と心の中で突っ込みながら、時空を超えて妄想するのが最高。

同じ古事記でも、比べてみるとそれぞれに訓読文や現代語訳が微妙に違って、著者の古事記に対する解釈や想いが垣間見えるようで、何冊読んでもそれはそれで面白いのです。

| 未分類 | 14:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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紀三井寺 50年に一度の特別御開帳

西国三十三所の第二番札所 紀三井寺は今年建立1250年ということで、春と秋にご本尊の御開帳がありました。たとえ人生100年時代でも、大人になって元気なうちに拝観できるのは1度きり。車を走らせ2時間弱で和歌山へ。

紀三井寺 ご本尊御開帳

裏門前にあるわかりづらい駐車場に車を止めて、表にまわり楼門をくぐります。江戸時代の豪商・紀ノ国屋文左衛門も若いころ母を背負って上がったという231段の石段を一気に登りきると、窒息寸前。振り向けば、和歌の浦がキラキラと輝いています。息を整えたら早速本堂にお参りを。

紀三井寺

紀三井寺

こちらは唐の僧・為光上人が開基。和歌山城が近いことから歴代藩主が訪れ、紀州徳川家の繁栄を祈願したそうです。関西では特に桜の名所として有名ですね。本堂内陣中央のお厨子の奥、大光明殿に秘仏ご本尊はお祀りされていました。

紀三井寺

紀三井寺

ご本尊・十一面観音菩薩立像と秘龕仏(ひがんぶつ)・千手観音菩薩立像は、楠の一木造りで素地仕上げ。為光上人が自ら彫られたと伝わっています。なんと申しましょうか、とても個性的な面立ちでいらっしゃいました。どっしりと力強いけれど、尖ったところが一切ない。仏像でありながら、どこか日本の神像のようでもあり、熊野を有する和歌山という土地柄なのかと一人で妄想。両脇には梵天さんと帝釈天さんが。

仏殿には京都の大仏師・松本明慶氏作の日本最大の観音様が金色に輝き、大迫力でそびえ立っていました。

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最後に紀三井寺の名前の由来でもある3つの霊泉をまわり、お寺をあとに。

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紀三井寺

遅いランチには和歌山ラーメンを。実は普段あまりラーメンはいただきません。期待せずに井出商店という中華そば専門店へ。食べ慣れないので味の評価はできませんが、こってりしてそうに見えてあっさり。いつもは人気店でも半分ほど食べると飽きてくるのですが、最後まで美味しくいただきました。その後まったく喉が渇かないのも◎

ランチの後は和歌の浦へ。在原業平や小野小町も参詣したという和歌の神様を祀る玉津島神社にお参りし、夕日を眺めながら海沿いをドライブして帰途に。

玉津島神社

朗報!!
2021年4月8日~5月29日 紀三井寺秘仏御本尊《よみがえり御開帳》が決定。

| ◇その他 | 00:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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12月9日の箕面大滝

赤信号の灯った大阪府では外出自粛要請が出ているので、食料品・日用品の買い物以外は家に籠ってます。とはいえ体力低下が気にかかり、今朝は一人で箕面ウォーキング。

駅前の駐車場に車を停めて、速足で往復約1時間10分。往きはとにかく頑張る、帰りは逆光の中で錦織りなすモミジに見惚れながらゆっくりと。

箕面滝道


この一年、箕面の自然からどれだけ恩恵を受けて慰められたことか。山の神さまに感謝。

| ◇大阪 | 23:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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湖北の旅(2) 竹生島~長浜~米原

2日目は、夜明け前に起きて大浴場へ。琵琶湖を一望する露天風呂に浸かっているうちに空が白みはじめました。

湖北の朝

この日のスタートは竹生島から。長浜港で朝一番のフェリーに乗船。竹生島では西国三十三所30番札所の宝厳寺都久夫須麻神社にお参りします。

竹生島

宝厳寺は、聖武天皇の勅願により行基が開創。ご本尊の弁財天は日本三大弁財天のひとつ。京都国立博物館の特別展で聖観音菩薩を観て訪ねようと決めたのに、宝物館は休館中で再会ならず。この春修復されたばかりの唐門《国宝》は、極彩色でさすがに絢爛豪華でした。秀吉が建てた大坂城極楽橋の一部とか。

竹生島

竹生島

竹生島

竹生島

都久夫須麻神社の本殿《国宝》も秀吉が伏見城内に建てた日暮御殿という建物なんですね。

竹生島

竹生島

修復中であったりコロナの影響だったりで、隅々まで拝観して満喫することができずいろいろと残念。

長浜に戻り、知善院へ。旅行前に友人から手渡された雑誌の表紙を飾っていた観音さま《重文》に会いに行きます。こちらは秀吉が長浜城築城のとき、鬼門の守護寺院として小谷城城下から移されたとのこと。

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知善院

要予約となっていなかったので突然お邪魔しましたが、お一人でお寺を守っておられて、まだ公開は控えておられる様子。諦めかけたころ、何とか拝観させていただけることに。本堂には阿弥陀如来と脇侍の日光・月光菩薩と秀吉像、観音堂には運慶作と伝わる観音さまが。

次は山側に車を走らせ近江孤篷庵へ。かなり手前に小さな第1駐車場を見つけたので車を止めて前を見ると、大きなサルが道の真ん中を堂々と歩いて集落の方に。素盞嗚命神社の参道には数匹のサルがいましたが、気にせず落葉を踏みしめ境内を通って近江孤篷庵まで歩きます。それにしても、ここはおサルさんのパラダイス。何匹か小ザルもいるから群が暮らしているのでしょうか。

素盞嗚命神社

素盞嗚命神社

近江孤篷庵は、日本三大茶人の一人・小堀遠州の菩提を弔うために建立された小堀家の菩提寺。紅葉の見頃は過ぎていましたが、端正な庭園の侘びた晩秋の風情が染み入ります。

近江孤篷庵

近江孤篷庵

近江孤篷庵

近江孤篷庵

秋の日は釣瓶落とし、先を急ぎます。次は米原の吸湖山 青岸寺へ。お堂に喫茶去という素敵なカフェがあるというので、お茶をいただくのを楽しみに。

青岸寺

お参りを済ませると、庭園を眺めながらまったりとぜいたくな時間を過ごします。

青岸寺

青岸寺

ずいぶん日が傾いてきました。あとはたっぷりとお土産を買い込んで、山に沈む夕日を横目に湖岸道路を走って帰路に。

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湖北の旅(1) 観音の里めぐり

送られてきたパンフレットを見たときから、いつか訪ねてみたいとずっと温めてきた、湖北の観音めぐり。毎年春と秋の1日に一斉公開され、周遊バスや巡回バスが運行されているようでした。

奥びわ湖マップ
↑ クリックで拡大 ぼやけてますが(汗)

今年はコロナで観音の里ふるさとまつりは中止。ならば一人でと、尾上温泉に宿を取りました。その後、紅葉で有名な鶏足寺・石道寺までも拝観中止に(涙)。

観音の里ふるさとまつり パンフレット2019

歴史ある湖北・高月町や木之本町周辺には、いくつもの小さな集落が点在。その集落ごとに里人が無住のお寺で観音さまを守っています。長浜観光協会に世話人の連絡先を問い合わせ、一軒ずつ拝観の予約を。私一人のために申し訳なくて恐縮でしたが、皆さま快く受けてくださいました。

1日目は、霊応山観音寺(黒田観音寺)から。山を越えると余呉湖という麓にお堂がありました。傍らには、復興に尽力した保崎谷長者と呼ばれた豪族のお墓が。黒田官兵衛の祖先とされているそうです。

黒田観音寺

お厨子が開けられると、思わず声を上げずにはいられない迫力。こちらは行基作と伝わる千手観音《重文》。199cmという堂々たる像高もさることながら、肉付きがよく丸みを帯びた左右18の御手のしなやかで優美な動きに見惚れます。正面の印相が千手観音らしくないところから准胝観音に近いとの説も。

黒田観音寺
↑ 観音の里 念持仏カード

すぐ近くの大澤寺はお参りだけして、紅葉を愛でます。

大澤寺

大澤寺

午後から医王寺へ。集落が途切れ山中を走っていると辿り着けるのか不安になりましたが無事到着。こちらの十一面観音《重文》は、明治20年に医王寺の僧・栄観が長浜市の美術商の店頭で見つけて買い受けたということです。己高山仏教圏のどこからか流出したのだとか。

医王寺

医王寺

井上靖が小説「星と祭」で、清純な乙女の体がモデルに使われてでもいそうに思われると紹介しているそうで、少し小柄で華奢だけどきりっとした佇まい。恥じらうような伏し目、頭上や胸元の華やかな装飾、足元までたっぷりある天衣が左右に広がり振り袖みたいで、花嫁さんのようだといわれるのに納得。薄っすらと金箔が残って輝いておられました。

医王寺
↑ 観音の里 念持仏カード

次は安楽寺釈迦堂(尾山釈迦堂)に向かいます。こちらは藤原時代500人もの僧が修行する道場だったとか。現在は釈迦堂を立て替えた収蔵庫のみ。

尾山釈迦堂

尾山釈迦堂

扉が開くと、は? 目の前にどっしりとした大きな座像が2体。それも、仏教の開祖・釈迦如来《重文》と密教の最高位・大日如来が並んでおられるから驚き。大日如来がご本尊とのことなので、本堂と釈迦堂からこちらに安置されたということでしょうか。

尾山釈迦堂

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尾山釈迦堂

話し込みすぎて、あっという間に時間が。今日最後となる慈光山冷水寺へ急ぎます。

行基が観音像を刻み開いたというお寺が、戦火により焼失。焼損した痛ましいお姿のご本尊・聖観音菩薩は、冷水寺と改められたお堂に秘仏として安置されますが、元禄15年に京都で鞘仏・十一面観音座像が造られ台座内に納められた、という伝承だったそうです。

冷水寺

平成8年の観音堂修復の折、これまで伝承だけで誰も見たことがない胎内仏が鞘仏の中からお姿を現されたのだとか。その時の感動が伝わる小さな胎内仏資料館がありました。

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江戸時代の観音さまですから、彩色も美しく胸飾りの瓔珞も輝いています。

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どの仏さまも、度重なる戦火や廃仏毀釈の難を逃れて生き延びてきた力強さと哀しみを内に秘めておられるような気がします。同時に里人の篤い崇敬と祈りを感じずにはいられません。集落だけで守っているとは思えないほど美しく立派な仏さまばかり。

世話人の方々は、一様に温かく迎えてくださって詳しくお話をしてくださいました。有り難いことです。場所によっては限界集落というところもあるそうで、過疎化・高齢化が進む中、観音さまを守っていくことの厳しさにも触れる観音めぐりとなりました。

しかし、こんなにカーナビ(データ更新したばかり)が当てにならないとは。名称でも住所でも登録されていないので、道に迷う迷う。西野薬師堂は時間切れで辿り着けずとても残念。

4時過ぎに琵琶湖畔の尾上温泉・紅鮎に到着。早速お部屋の露天風呂に浸かって、野鳥の群れの鳴き声や水音を聴きながら、沈みゆく夕日を眺めます。あー極楽、極楽。

露天風呂から見る湖北の夕日


湖北の夕暮れ

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来年の手帳

うふふ… この季節になると、毎年amazonから取り寄せる来年の手帳が、今日手元に届きました。

歴史手帳

ここ数年は吉川弘文館の歴史手帳ひとすじ。ある時友人が密かに愛用しているのを見つけて中身を見せてもらったのが出遇いで、まさに求めていた内容だったのに驚き、それ以来すっかり惚れ込んで使っています。

前半は使い勝手の良い月別カレンダーと週別予定表。そこには全国の主だった伝統行事も掲載されています。そして後半は歴史百科という構成。この歴史百科の内容が豊富で本当に素晴らしいのです。これだけ充実してお値段はフツーの手帳並み。難点は文字が小さいこと。

歴史手帳

残念ながらどれだけ頑張っても今さら頭に詰め込むことができない様々な歴史や伝統文化について、出先でもその都度こっそり確認できて、持っているだけでちょっと賢くなったように錯覚したりして。

スケジュールはスマホで管理していますが、やはり愛着ある手帳は手放せません。

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京都の紅葉 ずらし観光

今週は東京の親類が京都に連泊し貴船・高雄・大原を観光してきたそうで、私も少し早めの紅葉を楽しみながら車で案内することに。

昨日は朝9時過ぎに京都八条口近くのホテルを出発。まず、蓮華王院 三十三間堂へ。冷えると思ったら、障子の一番下に紙が張られていません。換気良すぎ。

ちょっと雨がパラついてきたので、相国寺の承天閣美術館へ。久し振りでしたが、やっぱり静かで厳かな雰囲気が素晴らしい。

次は嵐山へ。おお、予想外のすごい賑わい。渡月橋界隈は、コロナ自粛解除以来初めて遭遇する人混み。松ヶ枝でお豆腐料理をいただき、そのあと天龍寺のお庭だけ拝観。

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また東山に戻って、今度は将軍塚へ。こちらには青龍殿と大舞台があって、京都市内を俯瞰出来るのが魅力です。初めてなら誰もが歓声を上げるはず。

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一息入れたあと、南禅寺の山門の前を通って永観堂へと向かいます。運良くすぐ近くの駐車場に入れることができたので、ここでしばらく待機。

夜間拝観が始まる15分前に列に並びます。人少なくてビックリ。まだ紅葉は一部ですが、赤・黄・青と色が重なるのも趣があり、ライトアップされると夢のように美しい。何度も足を止めながらゆっくり拝観できました。

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そのあと近くにあるおうどんの美味しいおめんで季節の料理セットを。東京から一人で来た叔父は、来年で米寿というのに腰も曲がらず背筋も真っすぐでしっかりしているから、結局朝から晩まで10時間以上1万歩近く歩かせて市中引き回し、喜んでもらえたけどあと大丈夫か心配。

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大分 宇佐神宮と六郷満山の旅(2)

おんせん県大分に来たのに温泉にも浸からず、ビジネスマンが多い中津駅前のホテルに宿を取ったのには理由があります。

2日目の朝一にどうしても行きたかった薦神社(こもじんじゃ)。大貞八幡宮とも称され、『大菩薩(=八幡神)御修行の昔、湧き出でしむる水なり』という伝承のある霊池・三角(みすみ・御澄)池を内宮、社殿を外宮とする、宇佐神宮の祖宮といわれているところ。

八幡宇佐宮御託宣集によると、隼人の反乱を平定するために宇佐宮の神官が三角池の前で祈願をしたとき、池一面に波が湧きかえり、雲の中から「我、昔この薦を枕とし百王守護の誓を起こしき。百王守護とは凶賊を降伏すべきなり」とご宣託があり、それで三角池に自生している真薦を刈って御枕をつくり御験(みしるし)とし、隼人の鎮圧に向かったとされます。

薦神社(こもじんじゃ)

薦神社(こもじんじゃ)

薦神社(こもじんじゃ)

早朝にも拘わらず、境内では菊花展の準備が始められていました。御祭神は応神天皇、比咩大神、息長帯比売命。ご神体・三角池に朝日が射し、あまりの神々しさにしばし時を忘れます。もう神秘的としか言いようがありません。

薦神社(こもじんじゃ)


ずっと眺めていたいけど、いよいよ次は宇佐神宮へ。向かうほどに、平らに開けてくる中津平野。ここに邪馬台国があったという説もあるようですが、ちょっと頷きたくなりますね。

表参道の仲見世商店街はまだシャッターが下りたまま。神橋を渡ると大鳥居が見えてきました。恥ずかしながら、つい数年前まで八幡さまが第15代応神天皇(誉田別尊)だということすら知らなかった私が、これから宇佐神宮にお参りします。

宇佐神宮

宇佐神宮

伊勢神宮につぐ第二の宗廟と記されていましたが、さすが境内の規模は圧巻。上宮の本宮や下宮のほかに多くの摂社・末社が点在しています。橋の欄干や鳥居、大門、社殿の鮮やかな朱色が緑に映えて荘厳。御祭神は八幡大神、比売大神、神功皇后。全国4万あまりの八幡社の総本宮です。

宇佐神宮

宇佐神宮

宇佐神宮
宇佐神宮

ご本殿は回廊越しなのでよく見えませんが、伊勢神宮に代表される神明造から派生した、切妻造の建物が前後に2棟並ぶ八幡造。折角なので、御祈祷をお願いしました。帰りの参道でアッと思ったら、宝物館は臨時休館。現在土日祝のみの開館だそうで、残念過ぎる(涙)。

名残惜しくも宇佐神宮をあとに、次は宇佐風土記の丘にある大分県立歴史博物館へ。平常展のみの観覧でしたが、素晴らしい充実ぶり。そこでは、これまで訪れた其々の寺社の御由緒と少し違う、別の角度からの歴史が見えてきました。疑問に思っていたこともスッキリ。

大分県立歴史博物館

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大分県立歴史博物館

大分県立歴史博物館
大分県立歴史博物館

大分県立歴史博物館

大分県立歴史博物館
大分県立歴史博物館

昨日参拝した富貴寺の建立当時を再現した大堂も見応えがあります。

大分県立歴史博物館

博物館が建っているのは、古墳群のある史跡公園の中。玄関を出ると目の前に古墳が。京都国立博物館で何度か耳目に触れていた、あの赤塚古墳です。何だか愛おしくて意味もなく周りをぐるぐる。

大分県立歴史博物館

このあと国内最古にして最大級の熊野磨崖仏へと急ぎます。正直ちょっと舐めてました。鳥居から磨崖仏までの、鬼が一晩で築いたという100段の石段を。たちまち汗だくに。

熊野磨崖仏

熊野磨崖仏

不動明王のお顔に日が射して柔和な表情です。お隣は大日如来には見えないけれど、威厳のあるお顔。

熊野磨崖仏

熊野磨崖仏

さらに上って熊野神社にお参りしたら注意深く石段を下り、予定を変更して近くの山香泉温泉 風の郷へ。あと2カ所ほど行きたいところがあったけど、やっぱりおんせん県に来てこのままでは帰れませんね。

さっぱりしっとりしたあとは、ゆっくりもしていられず焦りながら空港へと向かいます。ガソリンスタンドに立ち寄り、レンタカーを返却。無事大分を発ち伊丹へ。

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