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待宵草の薄暮日記

今は趣味三昧の気ままなひとり暮らし。 覚悟をもって毅然と、でも時には誰かのために熱くなる、そんな日々の徒然を綴っています。

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岡山の旅① 奈義町現代美術館 ~ 鬼ノ城

7月のEテレ日曜美術館「にほん 美の地図~岡山~」を見たときから、念願の吉備津神社参拝に合わせて、奈義町現代美術館と笠岡市立竹喬美術館へ行こうと決めていました。今回は車で一人旅。スピード違反に気を付けて走ります。

中国池田から2時間弱で奈義町現代美術館に到着。美術館の前は那岐山に向かって延びる真っ直ぐな道。

奈義町現代美術館
 
奈義町現代美術館

展示室「大地」は宮脇愛子氏の《うつろひ》、展示室「月」は岡崎和郎氏の《HISASHI-補遺するもの》、展示室「太陽」は荒川修作氏とマドリン・ギンズ氏の《偏在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》。

奈義町現代美術館
 
奈義町現代美術館
 
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光に満ちさわさわと風が渡り水面がさざめく陽と、対照的に無機質な陰。大地から伸び出た「気」がうねっている。

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館
足音がひたひたと追いかけてきて、問いかけてくる。お前は、それでいいのかと。そこに一筋の光が。

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館
龍安寺の石庭が頭上で躍動している。風の音が読経のようで、禅の響きが重なり合い圧倒的な臨場感。

作品が発する強烈なエネルギーと大量のメッセージに、過去の様々な感情を想起しながら、逆に確かな実存を意識するという、形容しがたい湧き上がるはてな?が未消化のままいつまでも頭の中をぐるぐるまわっていて、一体これは・・・

後ろ髪を引かれながらも次の目的地、古代山城・鬼ノ城へ。駐車場のあるビジターセンターまでの約3キロは曲がりくねった狭い山道。ほとんど ‘ポツンと一軒家’ みたいな。

時刻は15時を過ぎていて迷ったけれど、シューズを履き替え、西門をくぐり一周3キロほどの鬼ノ城を歩きます。だーれもいません。こちらは発掘調査され整備復元されたもの。

鬼ノ城

鬼ノ城

鬼ノ城

鬼ノ城

百済からやってきた王子・温羅(うら)が新山(にいやま)に居城を構えて数々の悪事をはたらき、人々が恐れおののいて「鬼ノ城」と呼んだのが温羅伝承。のちに吉備津彦命に退治されて桃太郎伝説になったとか。また7世紀後半、白村江の戦いで大敗した唐・新羅の連合軍が日本に侵攻してくるのではないかと恐れた朝廷が、早急に築いた城の一つともいわれています。

鬼ノ城

19時に後楽園近くのホテルに到着。ライトアップされた岡山城を眺めながら夕食。明日に備えます。

岡山城 夜景

<1日目> 奈義町現代美術館→那岐山麓山の駅→鬼ノ城→岡山市内

※詳細はクリックしてリンク先でご覧くださいませ。

| | 17:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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智積院の観月会 2019

13日の金曜日は京都国立博物館でボランティアのあと、大急ぎで17時から智積院の観月会へ。

智積院の観月会1

こちらは東山の麓に広い境内を有する真言宗智山派の総本山。長谷川等伯一派の襖絵でよく知られています。堂本印象の襖絵でも有名ですね。

智積院の観月会2

受付を済ませたあと、靴を脱いで講堂に上がりお弁当とお茶を受け取ります。観月会メイン会場で座席を確保したら、食事場所の大書院へ移動。大勢の若いお坊さんが愛想よく迎えてくださり、キビキビと案内してくださるので初めてでも戸惑うことなくスムースです。

智積院の観月会3

食事場所はメイン会場と他3箇所。それぞれ好きな場所を選んで、用意された机の上にお月見弁当を広げ、開け放たれた廊下からライトアップされた名勝庭園やシックな枯山水庭園を眺めるという非日常、なのにとてもおおらかで寛げます。

智積院の観月会4

智積院の観月会8

智積院の観月会6

智積院の観月会7

観月会プログラムの第一部は声明公演と「月輪観」という瞑想体験、休憩を挟んで第二部は「二胡の夕べ」と題したお月見コンサート。憂いを含んだ二胡と琵琶が奏でる優しく時には激しい響きが心に染み入り、うっすらと月輪が浮かんでくるようです。

外に出てみれば、今宵の月は雲間に見え隠れ。そんなお月さまに弄ばれ一喜一憂しながら見上げる令和元年 仲秋の名月。お月見団子は売り切れで涙。

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智積院の観月会5

| ◇京都 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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仁和寺音舞台 2019

7日の土曜日はMBS主催の仁和寺音台へ。音舞台シリーズは今年で32回目。『東洋と西洋の出会い』をテーマに、京都や奈良の名刹・世界遺産を舞台にして、国内外のアーティストが繰り広げる夢のような一夜限りのステージです。

仁和寺音舞台1

応募すると抽選で300組600名が招待されますが、毎年ものすごい競争率。ですが、今年からは本人確認のため身分証提示が求められていたり、加えてチケット転売禁止法によりオークションサイトに出品出来なくなったせいなのか、私も、一緒に行く予定の友人も、どっちでもよかった従兄もチケットが当たりました こんなことは過去に一度もありません。

超残暑が厳しい中、炎天下に1時間ほど並んで指定席券と引き換えます。仁和寺はこの日から観音堂秋季特別内拝が始まり、多くの人が参拝していましたが、既に2度も拝観しているので、入場時間まで涼しいところで待機。

第1ステージは5時30分、第2ステージは8時から開演。今回は身に余る栄誉に預かり、そのどちらも観るという体力勝負の贅沢三昧。

仁和寺音舞台3

大竹しのぶさんの朗読はさすがでした。東儀さんも親子三代の雅楽と舞は、仁和寺の国宝・金堂によく映え、反田さんのピアノはエネルギーに充ち溢れ、セルゲイ・ポルーニンさんは目を見張る驚きの超絶バレエ。

仁和寺音舞台4

水流元入海(水流れて元海に入り)
月落不離天(月落ちて天を離れず)

仁和寺音舞台2


※TV 「仁和寺音舞台」
  11月3日(日) 深夜0:30~1:24
  MBS・TBS系全国ネット放送

| クラシック | 01:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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京都文化博物館 百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展 & 西陣織あさぎ美術館

今日は烏丸で月イチの大学公開講座の日。折しも京都では9月1日~7日にICOM(国際博物館会議)京都大会が開催されており、各所で協賛イベントや記念展覧会開催中。

午前の講座が休講となったのを幸いに、京都文化博物館へ。こちらは只今『百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展』を開催。

京都文化博物館

会場に入るといきなり若冲、応挙、蘆雪、蕭白の作品が目に飛び込んできたけど、確か入口には📷️撮影可とあったような・・・と思わず2度見。なんと寛大で素晴らしい! 関西ではほとんど見かけない嬉しい📷️撮影可♪

伊藤若冲

円山応挙

長澤蘆雪

曾我蕭白

東京富士美術館所蔵の名品が惜しげもなくズラリと並んでいます。その上、作品の展示も凝っているし、主要な作品の前にはあのビクセンの高級単眼鏡(←私のと同じもの!)が置かれているではありませんか。他にも映像で興味深いシュミレーション体験のできるところが3箇所も。行き届いたゴージャスな展覧会に大興奮。

進々堂でランチの後は、午後の講座に出席してから、次は西陣織あさぎ美術館へ。こちらも9月7日まで入館無料・予約不要の特別展開催中。

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エレベーターの扉が開くと、目の前に現れた金色に輝く尾形光琳「紅白梅図」の大タペストリーが眩しすぎて衝撃的。息を呑む美しさです。

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生糸にこだわり、一般的な西陣織の4~9倍の繊細さで、繰り返しのない全通全景の絵柄で和洋の名画をデザイン化して格調高く表現し、幅65cm×長さ4.5mという伝統的な「丸帯」に織り上げられたものが西陣織美術工芸あさぎ。

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↑ 丸帯一本分のまゆ玉
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その後もずっと目を奪われたまま日本の美を堪能。久々に眼福に預かり至福の一日でした。

| ◆京都 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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宇治田原町 旅の覚え書き Apr.2019 

観光地としてはそれほど知られていないローカルでも、ひっそりと伝統を守る昔からの暮らしぶりを、そこで出会った人から思いがけず見聞きしたりすると、印象深く忘れられない土地となります。

そんな場所のひとつが、宇治田原町。大阪や宇治から信楽へと続く街道沿いの、茶畑に囲まれた山里で、日本緑茶発祥の地。この日は『京都・南山城十一面観音巡礼』最後の参拝地・禅定寺と、その周辺をめぐりました。

京都・南山城十一面観音巡礼

まずは、禅定寺から。宝物殿のご本尊・十一面観音立像は、京都国立博物館へご出座の折に拝観しているはずなのに、お堂では圧倒的な存在感。藤原時代の寄木造。ご住職が「ほらっ」と指差される先に御衣黄(緑色の桜)が満開でした。

禅定寺1

禅定寺2

禅定寺3

禅定寺4

次に三十六歌仙の一人、猿丸太夫をお祀りする猿丸神社へ。道沿いの歌碑にはあの有名な歌が、やけにくっきりそれも楷書で。

猿丸太夫 歌碑

ここに来れば何かわかるかと思いきや、宮司さんに伺っても猿丸太夫はやっぱり謎の人物だそう。でも、時代を超え多くの歌人に崇められ慕われたということは確かなようです。

猿丸神社1

猿丸神社2

猿丸神社3

猿丸神社5

猿丸神社4

ランチのあとは、湯屋谷に移動。折角なので、抹茶ソフトクリームで一息入れてから茶宗明神社と永谷宗円生家へ。

現在私たちが飲んでいる香り豊かな緑茶の製法を考案したのが永谷宗円。その頃京では茶の湯文化の影響でお抹茶が最上級。そこで江戸に販路を求めてみるものの誰にも相手にされず、最後に訪ねた茶商山本屋がその美味しさに驚きすべて買い取り、「天下一」と名づけて販売すると爆発的な人気を呼んだということです。しかもその製法を独占せず全国に広めたのが凄いところ。

永谷宗円生家

茶商山本屋は、のちの「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」の山本山。こうして長い間Win-Winの関係が続きます。ちなみに宗円の子孫のお一人が東京に進出して創業したのが「味ひとすじ永谷園」の永谷園。

そんなお話を、復元された永谷宗円生家でお隣にお住まいの永谷家の奥さまからお伺いしました。公開日でもないのに幸運

最後に正寿院へ。重文の不動明王坐像を拝観したあと、新たに建てられた客殿に。色々と工夫を凝らした内装で、カップルや若い女子受けを狙ってますよね。お邪魔にならないようにそっと退散。

正寿院3

禅定寺5

正寿院

禅定寺→猿丸神社→ランチ(たなか屋) ・お茶の郷木谷山→湯屋谷会館→茶宗明神社→永谷宗円生家→正寿院

| ◇京都 | 20:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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石上神宮 奈良うまし夏めぐり

どう見ても若冲の絵のモデルとしか思えないオトコマエなニワトリがずっと後をついてきます。何か言いたげにじっと見るので、拾った落ち葉で鶏冠やほっぺ、首回りや胸辺りをナデナデ。

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あなたは誰? 誰の生まれ変わり!?

こちらは奈良 天理、石上神宮。石上と書いて『いそのかみ』と読むのは、かつて大きな湿地帯だった大和盆地の渚に祀られていたからとか。『いそ』とは『磯』の意味だったんですね。

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境内にはニワトリがいっぱい。あちこちからコケコッコーが響き渡ります。

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今から2100年前、第十代崇神天皇の御代に創祀された日本最古の神宮のひとつ。(訂正:あとで熊野本宮大社の御守の入っていた袋を見ると、平成30年 創建2500年と書いてありました。) 饒速日命を祖神とする物部氏の総氏神であり、大和朝廷の武器庫だったということです。また御祭神が少し変わってます。三柱の神様は、記紀に記されたご神剣。

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奈良 うまし夏めぐりに申し込み、8時半から国宝の拝殿で朝拝に参加し祝詞を奏上。この日は私ひとり。そのあと若い神職の方からゆっくりお話を伺いました。

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ひとしきりニワトリと戯れたあとは、天理のお気に入りスポット、中西ピーナッツに寄って爆買い。

最後に奈良国立博物館で『いのりの世界のどうぶつえん』と『法徳寺の仏像』の展示を観覧。4時過ぎに博物館を出ると、夏の期間限定夕方からの珍現象・鹿だまりはまだできていませんでした。

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↑友人からの提供画像

| ◇奈良 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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長岡まつり 大花火大会

長岡の花火で真っ先に思い浮かぶのは、放浪の画家・山下清のちぎり絵です。打ち上げられた幾つもの大輪の花火がくっきりと夜空に浮かび、川面を染め、川原にはひしめき合う見物の人々。歓声が上がって賑やかなはずなのに、どこか静けさのようなものを感じます。

山下清
美の巨人たちより

今回は、旅行会社の1泊2日ツアーに参加。大曲や諏訪湖の花火に比べ、バスから観覧席までが近いとなかなかの前評判でした。

高校時代のスキー旅行で新潟へ行ったのが最初で最後 いつしか列車は「雷鳥」から「サンダーバード」に変わり、湖西線経由で金沢へ。北陸新幹線、バスを乗り継ぎひたすら長岡を目指します。

会場に到着しバスを降り位置をちゃんと確認した後、河川敷のイス席へ。ほどなく花火がスタート。


7時20分に始まって9時半まで、息つく間もない連打に圧倒されっぱなし。そして、ダイナミックで華麗な花火に見入っているうち、やがてそこに込められている深い想いに気づくのです。

それは慰霊・復興・平和への祈り。打ち上げられる一瞬に、あの世とこの世を明るく照らし、その想いが通じて一つになり、安らかな静けさが胸に広がるような気がします。

ラストプログラムを編集なしのノーカットで↓ 奥歯をギュッと噛み締め、涙がこぼれ落ちないように夜空を見上げました。


感動でボーっとなった頭でバスに戻ろうとしたら、隙間なくびっしり並んだバス群を前に「はぁ?」、まさかの迷子に 自力では無理と判断、旅行会社のテントに駆け込みバスまで案内してもらいました。情けない

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諏訪大社 旅の覚え書き May 2019

厳島神社のあと、4月はお花見やら都をどりやらにうつつを抜かし憂いを忘れ、平成が終わっていよいよ令和に突入した5月は、諏訪大社へ。

諏訪大社には上社と下社があり、さらに上社には本宮と前宮、下社には春宮と秋宮があり、どちらもご本殿をもたない古くからの姿を残しています。

大国主命の子・建御名方神は、国譲りを迫る建御雷之男神に力競べを挑むもあっけなく打ち負けて逃げ出し、諏訪湖まで追い詰められたとき、この地より出ないと命乞い。そしてこちらの主祭神となられました。

諏訪大社前宮
諏訪大社 前宮1

諏訪大社 前宮2

諏訪大社本宮
諏訪大社 本宮1

諏訪大社 本宮2

諏訪大社 本宮3

諏訪大社 本宮4

諏訪大社 本宮5

諏訪大社秋宮
諏訪大社 秋宮1

諏訪大社 秋宮2

諏訪大社 秋宮3

諏訪大社春宮
諏訪大社 春宮1

諏訪大社 春宮2

諏訪大社 春宮3

宿泊は、上諏訪温泉しんゆで。諏訪大社四社を巡る案内つき無料参拝バスしんゆ号を運行。サッとなら効率的に参拝出来助かります。温泉は美肌の湯でスベスベに。

1日目はしんゆ号で、2日目は四社をローカル線やバスを利用してくてく歩いてじっくり巡りました。往復は自宅近くの停留所から高速バスで。

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厳島神社 旅の覚え書き Mar.2019

熊野三山の次も一週あけて、厳島神社へ。季節は移ろい、ちらほらと桜咲く春を迎えています。

宮島は観光地としてあまりに有名過ぎて、これまで行きたいけど敬遠してきたところがあります。でも6月からあの大鳥居が長期の修復工事に入ると知り、やはり平成の内に行こうと思い立ちました。

厳島神社1

厳島神社2

厳島神社3

厳島神社4

厳島神社5

厳島神社6

厳島神社7

宿泊は、フェリー乗り場近くでアクセスのよい宮島コーラルホテル。なんと言っても、早朝の厳島神社は格別ですから。海に浮かんでいるような社殿を渡る風はどこまでも優しいのです。神職がお勤めされる後をお邪魔にならないよう静かに付いて回り参拝。

<1日目> 弥山登頂→厳島神社
<2日目> 厳島神社・宝物館→大聖院→大願寺→大元神社→千畳閣→長浜神社

なんとまあ、欧米人の観光客の多さにビックリ。

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熊野三山 旅の覚え書き Mar.2019

出雲大社の次も一週あけて、熊野三山へ。

古より蟻の熊野詣でといわれるほど多くの人々がお詣りする霊場です。今回は日帰りバスツアーで。平成の内に是非とも参拝したいと思っていました。

同じ近畿圏といえども熊野は遠くて、しかも熊野三山、熊野本宮大社熊野速玉大社熊野那智大社を巡るのは時間がかかります。1日だけなので駆け足で。いつか熊野古道を歩いて参拝するための下見として。

熊野速玉大社1

熊野速玉大社2

熊野那智大社

熊野那智大社2

熊野本宮大社

熊野本宮大社2

神話では、後の神武天皇となる神倭伊波礼毘古命が東征中熊野に入ったとき、熊野の荒ぶる神々に行く手を阻まれるのですが、この窮地を救うべく高天原から遣わされたのが道案内の八咫烏。そしてもうひとつ、出雲の浜で国譲りを迫った建御雷之男神が波頭に逆さに突き立て、その切っ先にあぐらをかいていた太刀です。

踊り念仏で知られる時宗の宗祖・一遍上人も参拝に訪れ、熊野権現から御神託を得て開眼したと伝わっています。

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