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待宵草の薄暮日記

今は趣味三昧の気ままなひとり暮らし。 覚悟をもって毅然と、でも時には誰かのために熱くなる、そんな日々の徒然を綴っています。

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早春の福岡① 太宰府天満宮 & 九州国立博物館

2月中旬、暖冬に後押しされるように足を伸ばして九州・博多に。新型コロナウイルス感染拡大の報道は気になるけれど、マスク・手洗い・うがいを忘れず注意して。

でも結論からいえば、少なくなったとはいえ中国、その他アジアからの観光客はどこにでもいます。通行中はマスクを着用していても、飲食店では当たり前ですが無防備で、しかもよく喋る。これじゃ感染するときはしますね。

今回は2泊3日のひとり旅。出発前日は大雪だったらしいけど当日は回復、新幹線も順調でした。10時過ぎに博多に着き、駅前のホテルに荷物を預けたらバスで太宰府天満宮へ。お店が立ち並ぶ賑やかな参道の途中で、まず名物・梅ヶ枝餅をお味見してひと休み。

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こちらは、菅原道真公をお祀りする全国約12,000社の総本宮。都でその才能を遺憾なく発揮し右大臣まで上り詰めるも、無実の罪をきせられ大宰府に突如左遷となり一家離散。身の潔白を訴えながら2年後に亡くなると、都では天変地異が続発。また陥れた人物も次々に亡くなり、これは道真公の祟りかと恐れた朝廷は太政大臣の位を贈り道真公の怒りを鎮めようとします。

「天満大自在天神(天に満ちて自在に威徳を示される神)」と称されるようになり、「天神さま」と崇められるようなったということです。今では言わずと知れた学問の神様ですね。

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都を離れる際に詠まれた歌 『東風吹かば匂いおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ』の歌碑にしみじみ見入ります。すぐ隣には、御神牛像が。どうか頭が良くなりますようにとナデナデしてから鳥居をくぐり、心字池にかかる太鼓橋を渡って、さらに楼門をくぐりご本殿前へと進みます。

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拝殿も幣殿もなく、道真公が眠るご墓所の上に建てられたご本殿のみ。堂々たる唐破風が目を引く廟建築です。

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菅公歴史館と宝物殿を拝観し、梅花咲く境内を一周。

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そのあと長ーいエスカレーターに乗って九州国立博物館へ。おお、なんて堂々たるユニークなフォルム! 空を映して輝いています。今回は特別展をパスして、4階の文化交流展示室で平常展を観覧。最も大陸に近い開かれた日本の窓口として刻んできた歴史に興奮しながらじっくり2時間堪能、かなりフラフラに。でも、やっと来れたきゅーはく、嬉し。

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名残惜しく、もう一度天満宮にお参りを。傾き始めた陽が、柔らかくあたりを照らしていました。

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神宮参拝② Dec. 2019 

眠れないまま5時前に起床。昨夜館内の自販機で買っておいた山村乳業のビン入りコーヒー牛乳をゴクリ。大人風味で美味しい! 覚醒しました。

まだ夜が明けきらない6時半、神宮会館のロビーに集合。職員の方を先頭に神宮内宮を参拝する約1時間半のガイドツアーに出発します。

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それぞれ清々しく喜びに満ちた表情で宿に戻り朝食。チェックアウトの後は、神宮の鬼門を守る金剛證寺へと向かいます。

伊勢志摩スカイラインも懐かしい。修学旅行の賑やかなバスの中が思い出されますが、今ではすっかり寂れた感が。途中の展望台で伊勢平野を一望してほどなく到着。

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「お伊勢のかへりに朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参宮」と伊勢音頭にも唄われ、伊勢神宮の鬼門を守る金剛證寺。弘法大師ゆかりのお寺ながら、現在は臨済宗南禅寺派とのこと。奥の院へと続く参道には巨大な卒塔婆が立ち並び、厚い信仰と亡き人への深い想いを感じます。

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朝熊山山頂まで走って景色を堪能、山を下って御幸道路へ。

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そして、私が最も心安らぐ倭姫宮で風の音に耳を傾け静かに手を合わせたら、道向かいにある黒門をくぐって皇学館大学神道博物館に立ち寄り大嘗祭の展示を鑑賞。

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このあともう一度外宮へ。11月にリニューアルオープンしたばかりのせんぐう館に向かいます。

こちらでは、20年に一度行われる式年遷宮について、深く美しく分かりやすく展示されています。とりわけ外宮正宮を実物の1/20の規模で忠実に再現した模型は圧巻。期待以上で大興奮、思わずのけぞって仰ぎ見ます。この模型の前で職員の方から10分ほど詳しい説明を聞くことに。

最後に質問タイムがあったので、周りに誰も居ないのを確かめてから、私はずっと疑問に思っていたことをそっと聞いてみました。「神道では、人は死んだらどうなるのですか。」

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せんぐう館を出るとお腹ペコペコ。駐車場前のお店で伊勢うどんを。初めてだけど意外と美味しいタレのお味。さあ、これから大阪までノンストップで帰るとしましょう。

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神宮参拝① Dec. 2019 

今年2度目、令和になってから初めてのお伊勢参りへ。今回は昔の習わし通り、二見興玉(ふたみおきたま)神社でお祓いをしてから神宮に。そして最後は神宮の鬼門を守る金剛證寺へお参りします。2月にはまだ修理中だった神宮美術館とせんぐう館もじっくり観覧。

例年に比べ穏やかな暖かい日が続いていたのに、出発日は時々小雨混じりで風も強く、視界も悪そうなので少し回復を待って車で出発。まずは、二見ヶ浦へ。そこには変わらない夫婦岩が。小学校の修学旅行以来という懐かしさ。

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この夫婦岩は、海中に沈む猿田彦大御神の興玉神石と日の大神(日の出)を遥拝するための鳥居だとか。海沿いの細い参道の奥には、かつて伊勢神宮にお参りする人々が先にこちらで禊をしたという二見興玉神社。隣には天の岩屋。境内にはカエルがいっぱい。

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みそぎ橋を渡ったすぐ横にある伊勢夫婦岩めおと横丁で 赤福のおぜんざいを。休憩のあとは、神宮美術館へ。こちらでは、神宮式年遷宮の折に献納された近代・現代作家の美術品が納められています。


庭園では落ち葉が舞い散る中、四季桜が咲いていました。美術館は外観ばかりでなく館内も大層格調高く重厚。他に誰も居なかったけど、思わず背すじが伸びます。中庭や庭園が望める休憩室にも特別感が。今回は、加藤東一氏の『かたらい』が心に残りました。

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一日目の最後は、豊受大神宮(外宮)に参拝。夕方近くだからでしょうか、神気が強く感じられて身が引き締まります。

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今回もお宿は神宮会館で。一人でも気軽に宿泊できて、清潔で過不足なく親切で安心。翌日はいよいよ皇大神宮(内宮)へ。6時半から宿泊者限定の早朝参拝に参加します。早く寝なくちゃと思いながら、気分が高揚してほとんど眠れず…小学生並み(いつものことです)。

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秋の吉野② 金峯山寺~吉野上千本~丹生川上神社下社・上社

翌日は朝5時起床。支度をし夜明け前の6時にお宿を出て金峯山寺へ。

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ほどなく東の空が白み始めて、振り返れば蔵王堂にかかる有明の月。澄んだ冷気が体の奥まで染み渡ります。

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6時30分から蔵王堂 朝座勤行に参加。最初に鐘が鳴り、続いて法螺貝や太鼓が鳴り響く力強い独特の勤行です。必死に経本の文字を目で追い声に出しながら、チラッと横を見ると修験道の方々は次々と印を結んでおられます。木魚の音を合図にお焼香、最後にお経を唱えながらお堂を回り全ての仏さまにお参りして終了。

お宿に戻って朝食を済ませ、歩いて上千本を目指しますが、これがなかなかの急坂。ようやく花矢倉展望台に着いたら、ご褒美の絶景が待っていました。

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一息ついて吉野水分神社へ。こちらは、伊邪那岐命と伊邪那美命から生まれた水の配分を司る天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)が主祭神。三殿一棟造りのご本殿は、長い風雪を感じさせる風格。

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ここで折り返して下千本まで戻り、次は車で下市町の丹生川上神社下社へと向かいます。

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伊邪那美命が火の神・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を生んだのが原因で神避られたのを嘆いて、伊邪那岐命が十拳剣で火之迦具土神を斬殺した際、剣の柄についた血から生まれた水の神・闇龗神(くらおかみのかみ)が、こちらの主祭神。拝殿からご本殿へと続く木製七十五段の階(きざはし)は日本最長とか。

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最後は、川上村の丹生川上神社上社へ。ご祭神は高龗大神(たかおかみのおおかみ)とあり、下社の闇龗神と同じく斬殺された火之迦具土神の血から生まれたとされています。

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旧社地は吉野川沿いにあり大野ダム建設に伴い水没、平成10年に山の中腹に遷座。水から離れてしまいましたが、吉野川が望めます。


<2日目> 金峯山寺→吉野 花矢倉展望台→吉野水分神社→丹生川上神社下社→丹生川上神社上社

今年東日本では大規模な水害が発生。今なお多くの人々が嘆き苦しんでおられます。そんな被災地に思いを巡らせながら、水の神様をお祀りする三社をお詣りし、心を込めて拙い祈りを捧げる旅となりました。

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秋の吉野① 丹生川上神社中社~金峯山寺

週末急遽予定が空いて天気予報は晴れとなると、これはもう出掛けるしかないでしょう、ひとり旅に。

調べてみると、吉野では金峯山寺蔵王堂秘仏本尊ご開帳と役行者霊蹟札所会 吉野山出開帳とあり、紅葉もまずまずのよう。近くには前からぜひともお詣りしたかった丹生川上神社三社もあります。

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しかも、前から泊まりたかった吉野荘 湯川屋さんが珍しく一人泊のお部屋を提供しているのをネットで見つけて即予約。30分とかからず旅程も決定しました。

出発当日は快晴。山の冷え込みを考慮して荷物は多めだけど、車だから平気です。まず始めに向かったのは、東吉野の丹生川上神社中社。いくつもの山と集落を越えて辿り着く奥深い秘境の丹生川(高見川)沿いに鎮座する神社です。

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第40代天武天皇の御代に「人声の聞こえない深山 吉野の丹生川上に我が宮柱を立てて敬い祀らば、天下のために甘雨(あましあめ)を降らせ霖雨(ながあめ)を止めよう」という神のお告げがあり、それでお社を建て、祈雨・止雨の神 雨師(あまし)明神をお祀りし、弊と馬を奉ったとのこと。

ご祭神は罔象女神(みづはのめのかみ)で、伊邪那美命から生まれた水の神。澄んだ空気と清らかな川音に包まれる神聖な別世界。ありがたく胸がいっぱいに。

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こちらは、延喜式では名神大社、後に二十二社という社格だったというのに、戦国時代以降は衰微し、いつの間にか蟻通神社と呼ばれるようになり、ついには所在不明となります。明治になって研究調査が行われ紆余曲折の末、丹生川上神社として中社と定められることに。先に丹生川上神社とされていた二社は丹生川上神社下社、丹生川上神社上社と改められます。

しばし浮き世を忘れたところで、吉野山に向かいます。吉野神宮周辺は紅葉が始まっていました。こちらは明治22年に創立された後醍醐天皇をお祀りする神社なんですね。

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一旦下千本のお宿に寄って宿泊者限定の拝観券を購入し車を置いてから、金峯山寺蔵王堂へ。仁王門は只今大修理工事中。

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こちらは、役行者が厳しい修行の中で金剛蔵王権現を祈り出されて、その姿を山桜に彫ってお祀りしたのが始まりとか。金峯山修験本宗の総本山。ゆえに、吉野山では山桜がご神木として1千年以上に渡って守り伝えられています。

お久し振りのご本尊 金剛蔵王権現三体も圧倒的で大迫力。何しろ中尊の高さ7.3mと日本最大。くっきりと青いお顔で金色の眉を吊り上げ髪を逆立て睨んでおられるけど、丸みのある輪郭や美しく荘厳されたお姿はちょっぴり優しい。釈迦如来・千手観音菩薩・弥勒菩薩の化身とか。

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蔵王堂の周囲には、役行者ゆかりの36ヶ寺のお寺さんが集まられて、それぞれお像をご開帳。お賽銭を入れながら手を合わせて回ると、お寺との距離が一気に近くなる感じ。

ブラブラと吉水神社まで歩いて見晴台で一目千本の山並みを眺め、ちょうど日が落ちる頃本日のお宿・吉野荘 湯川屋さんに戻り、お部屋でゆっくり会席料理の夕食を。ふと窓の外に目をやると、吉野のお山にぽっかり浮かぶ月。居待月とかいうのでしょうか。

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<1日目> 丹生川上神社中社→吉野神宮→金峯山寺→吉水神社→吉野荘 湯川屋

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島根 神話をたどる旅②

朝はバイキングでしじみ汁を。朝食後に宍道湖周辺を腹ごなしにお散歩。湖にはしじみ採りの船が何艘も出ていて、もう白鳥が渡ってきてるのですね。

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お宿をあとに2日目初めに向かったのは、八重垣神社。素戔嗚尊が八岐大蛇を退治するとき、こちらの奥の院・佐久佐女の森の大杉を中心に八重の垣根を作り稲田姫命を隠したとされています。以下社伝は須我神社に同じ。宝物収蔵庫に展示されている本殿内の板絵は平安時代の宮廷画家筆と伝えられ、描かれた天照大神や稲田姫命は格調高く彩色も美しく神代を妄想。

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次に島根県立美術館へ。開館20周年記念展とあるだけになかなかの見応え。ターナー・コンスタブル・コロー・ミレー・モネの様々な黄昏、高橋由一・和田英作・菱田春草の郷愁を誘う胸がキュンとなる黄昏など。ずっと夕景ばかり見ていると何だか眠気が。これって色彩心理?! 宍道湖を眺めながらコーヒーブレイクを。

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美術館を出るころ急にどしゃ降りに。くじけそうになりながら佐太神社へと向かいます。幸い着いた頃には雨も止みました。こちらは出雲大社、熊野大社に次ぐ出雲国三大社で出雲国二之宮。多くの神々をお祀りしていますが、元々は佐太大神のみのお社だったとか。鎌倉中期には出雲大社に匹敵する社領を有し、200人を越える神職がいたとのこと。社殿は三殿並立の大社造りで荘厳。

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出雲では旧暦10月になると神在祭を行う神社が出雲大社をはじめ何社もあり、参集された神々は出雲国内を巡行されるようです。佐太神社でも神在祭が行われますが、厳粛にして独特な祭儀らしく神秘的です。

そして、旅の最後は島根半島の東端、美保神社へ。美保関の小さな入り江を漁船がぐるりと囲む静かな漁港に着きました。その昔、交易の中継地として栄えたのだとか。こちらのご祭神は大国主神の御子・事代主神(ことしろぬしのかみ)とお后の三穂津姫命。事代主神=えびす神で総本宮とのこと。ご本殿は珍しい比翼大社造。

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この美保の海の白く高く立った波頭を伝って天のガガイモの船に乗りヒムシの皮をまとってやって来たのが、小さな少名毘古那神(すくなびこなのかみ)。大国主神と共に国造りに励み、やがて常世国に去られます。

またここは、大国主神が国譲りを迫られた際、事代主神が承諾して天逆手(あめのむかえで)を打ち自ら海中に青い柴垣を作ってお隠れになったところ。この神話を伝える青柴垣神事は、町を挙げての荘厳なお祭りということです。

淡々と車を走らせ、神代に思いを馳せながら、決して見つかるはずもない黄泉の国や根の堅州国・底つ根の国や常世国を探しつつ、ただ神々にまみえるためだけの、神社ばかりの地味で代わり映えしないこんな旅ゆえ、誰も道連れにはできません。

時刻は15時前。大阪まで270㎞ 一人で結構な遠距離ドライブ。あいにく往きも帰りも伯耆富士・大山には厚い雲が。紅葉の始まった雄大な姿を一目見たかった・・・

<2日目> 八重垣神社→島根県立美術館→佐太神社→美保神社

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島根 神話をたどる旅①

何故そんなところへ行くのかと問われても、そこに何があるのかと訊かれても、答えはありません。ただ神々の近くで大いなる神威に触れて無心に手を合わせる。この広大無辺な地上の片隅で誰にも顧みられずひっそりと生きる者にも、時として神はその姿を現すから。

そんなことをつらつらと考えながらひとり車を飛ばして、2月に続き神話の国・島根へ。前回は国造りと国譲りの地・出雲を巡りましたが、今回はさらに神代を遡り東出雲、八雲、松江、島根半島の先まで伊邪那岐尊や素戔嗚命、大国主神にまつわる7社の神社に。

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一番の目的地・黄泉比良坂に行く前に、揖夜(いや)神社へ。伊邪那岐命が黄泉の国で亡き妻・伊邪那美命の変わり果てた姿を見て驚き逃げ帰る際、大岩で黄泉比良坂を塞ぎます。それが今の伊賦夜坂(いふやさか)で、のちに揖夜(いふや)神社が建てられたとか。

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宮司さんに道を伺い、いよいよ黄泉比良坂(よもつひらさか)へ。伊邪那岐命は、黄泉の国から追いかけてきた伊邪那美命と大岩ごしに最後の言葉を交わし絶縁、死者と生者が別れます。黄泉比良坂はあの世とこの世の境。

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黄泉の国へのポストがあります。前夜書きしたためた手紙を2通、投函。

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次は神魂(かもす)神社に向かいます。伊弉冊大神をお祀りする小ぶりながら堂々たる大社造りのご本殿は国宝。のちに出雲国造となる、天穂日命(あめのほひのみこと)を祖とする地方豪族・出雲氏は元々この辺りが本拠地だったとか。

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このあと出雲国一之宮・熊野大社へ。素戔嗚尊を主祭神に、火鑽(ひき)りの神事を司る出雲を代表する神社です。古くは出雲国造がお仕えしており出雲大社との関わりが特に深いのも頷けます。随神門を潜った辺りから空気が変わり何やら神々しい気配が。

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この日最後は須我神社へ。八岐大蛇を退治した須佐之男命が櫛名田比売(くしなだひめ)を妻に迎えて建てられた新居・須賀宮とか。宮造りのときに詠まれた和歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」は31文字の最古の歌で、和歌発祥の地に。

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宿泊先の松江しんじ湖温泉へは予定通り到着。宍道湖を目の前にして、曇りのため夕景は望めず・・・

<1日目> 揖夜(いや)神社→黄泉比良坂(よもつひらさか)→神魂(かもす)神社→熊野大社→須我神社

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岡山の旅② 吉備津神社・吉備津彦神社~笠岡市立竹喬美術館

朝からしっかり腹ごしらえをして、ホテルを出発。2日目は、まず吉備の中山の麓に鎮座する吉備津神社と吉備津彦神社を参拝します。

吉備津神社のご祭神は、第7代孝霊天皇の皇子・大吉備津彦大神。第10代崇神天皇が遠国を平定するために皇族から選んだ四道将軍の一人で、鬼ノ城に住む温羅を退治した方です。281歳で薨去されたのだとか。元は三備(美作を含む備前・備中・備後)の一宮で、備中国一宮。式内社の中でも特に霊験あらたかな名神大社でした。

松並木の参道を抜けると、手水舎が見えてきました。修復中の北随神門をくぐり石段を上がって拝殿前へ。

吉備津神社3

吉備津神社5

そしていよいよサイドからご本殿を拝観。比翼入母屋造という他に類を見ない独特の構造から吉備津造ともいわれる、なんとも優美な姿です。

吉備津神社4

吉備津神社2

吉備津神社8

創建は第16代仁徳天皇という説が有力ですが、過去2回焼失。鎌倉初期の造営では、あの東大寺を再建した重源さんの天竺様という建築様式が取り入れられ、外側に柱のないスッキリした外観に。室町時代には足利義満が再興し現在の社殿になったとのこと。よく見ると足利家の五七桐紋が棟の中央にありますね。拝殿・ご本殿ともに国宝です。

廻廊の全長は360メートル。備中の有力武士らが寄進して継ぎ足してこの長さに。受付でお願いすれば神職の方が簡単な説明をしてくださいます。

吉備津神社1

吉備津神社6

黄金色に実った稲穂を眺めながら吉備の中山みちを歩いて吉備津彦神社へ。こちらは備前国一宮。

吉備津彦神社2

吉備津彦神社4
吉備津彦神社1

吉備津彦神社3

このあと近くの最上稲荷山妙教寺に寄り道。伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷なのに日蓮宗のお寺という、ちょっと不思議な境内でした。

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吉備路もてなしの館でコーヒーブレイクを。備中といえばこの景色。

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そこから小1時間車を飛ばし、最後の目的地・笠岡市立竹喬美術館へ。

笠岡市立竹喬美術館1

小野竹喬は笠岡市出身。四条派の流れをくむ竹内栖鳳に師事し、京都で活躍した日本画家です。昭和51年には文化勲章を受賞。只今生誕130年記念の特別展「小野竹喬のすべて 至純の時代 1939-1979」を開催中。

笠岡市立竹喬美術館2

笠岡市立竹喬美術館3

季節が移ろう一瞬を切り取って、ただ美しいだけではない自然を、優しく澄んだ色彩で表現。どこか悲しみを帯びた空の青と白い雲が印象的。一人の画家の半生を画業を通して辿ります。

美術館を出ると4時半に。大阪まで200キロ・・・ ノンストップで飛ばします、もちろん安全運転で。

<2日目> 吉備津神社→吉備津彦神社→最上稲荷山妙教寺→吉備路もてなしの館→笠岡市立竹喬美術館

※詳細はクリックしてリンク先でご覧くださいませ。

| | 02:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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岡山の旅① 奈義町現代美術館 ~ 鬼ノ城

7月のEテレ日曜美術館「にほん 美の地図~岡山~」を見たときから、念願の吉備津神社参拝に合わせて、奈義町現代美術館と笠岡市立竹喬美術館へ行こうと決めていました。今回は車で一人旅。スピード違反に気を付けて走ります。

中国池田から2時間弱で奈義町現代美術館に到着。美術館の前は那岐山に向かって延びる真っ直ぐな道。

奈義町現代美術館
 
奈義町現代美術館

展示室「大地」は宮脇愛子氏の《うつろひ》、展示室「月」は岡崎和郎氏の《HISASHI-補遺するもの》、展示室「太陽」は荒川修作氏とマドリン・ギンズ氏の《偏在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》。

奈義町現代美術館
 
奈義町現代美術館
 
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光に満ちさわさわと風が渡り水面がさざめく陽と、対照的に無機質な陰。大地から伸び出た「気」がうねっている。

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館
足音がひたひたと追いかけてきて、問いかけてくる。お前は、それでいいのかと。そこに一筋の光が。

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館

奈義町現代美術館
龍安寺の石庭が頭上で躍動している。風の音が読経のようで、禅の響きが重なり合い圧倒的な臨場感。

作品が発する強烈なエネルギーと大量のメッセージに、過去の様々な感情を想起しながら、逆に確かな実存を意識するという、形容しがたい湧き上がるはてな?が未消化のままいつまでも頭の中をぐるぐるまわっていて、一体これは・・・

後ろ髪を引かれながらも次の目的地、古代山城・鬼ノ城へ。駐車場のあるビジターセンターまでの約3キロは曲がりくねった狭い山道。ほとんど ‘ポツンと一軒家’ みたいな。

時刻は15時を過ぎていて迷ったけれど、シューズを履き替え、西門をくぐり一周3キロほどの鬼ノ城を歩きます。だーれもいません。こちらは発掘調査され整備復元されたもの。

鬼ノ城

鬼ノ城

鬼ノ城

鬼ノ城

百済からやってきた王子・温羅(うら)が新山(にいやま)に居城を構えて数々の悪事をはたらき、人々が恐れおののいて「鬼ノ城」と呼んだのが温羅伝承。のちに吉備津彦命に退治されて桃太郎伝説になったとか。また7世紀後半、白村江の戦いで大敗した唐・新羅の連合軍が日本に侵攻してくるのではないかと恐れた朝廷が、早急に築いた城の一つともいわれています。

鬼ノ城

19時に後楽園近くのホテルに到着。ライトアップされた岡山城を眺めながら夕食。明日に備えます。

岡山城 夜景

<1日目> 奈義町現代美術館→那岐山麓山の駅→鬼ノ城→岡山市内

※詳細はクリックしてリンク先でご覧くださいませ。

| | 17:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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長岡まつり 大花火大会

長岡の花火で真っ先に思い浮かぶのは、放浪の画家・山下清のちぎり絵です。打ち上げられた幾つもの大輪の花火がくっきりと夜空に浮かび、川面を染め、川原にはひしめき合う見物の人々。歓声が上がって賑やかなはずなのに、どこか静けさのようなものを感じます。

山下清
美の巨人たちより

今回は、旅行会社の1泊2日ツアーに参加。大曲や諏訪湖の花火に比べ、バスから観覧席までが近いとなかなかの前評判でした。

高校時代のスキー旅行で新潟へ行ったのが最初で最後 いつしか列車は「雷鳥」から「サンダーバード」に変わり、湖西線経由で金沢へ。北陸新幹線、バスを乗り継ぎひたすら長岡を目指します。

会場に到着しバスを降り位置をちゃんと確認した後、河川敷のイス席へ。ほどなく花火がスタート。


7時20分に始まって9時半まで、息つく間もない連打に圧倒されっぱなし。そして、ダイナミックで華麗な花火に見入っているうち、やがてそこに込められている深い想いに気づくのです。

それは慰霊・復興・平和への祈り。打ち上げられる一瞬に、あの世とこの世を明るく照らし、その想いが通じて一つになり、安らかな静けさが胸に広がるような気がします。

ラストプログラムを編集なしのノーカットで↓ 奥歯をギュッと噛み締め、涙がこぼれ落ちないように夜空を見上げました。


感動でボーっとなった頭でバスに戻ろうとしたら、隙間なくびっしり並んだバス群を前に「はぁ?」、まさかの迷子に 自力では無理と判断、旅行会社のテントに駆け込みバスまで案内してもらいました。情けない

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