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待宵草の薄暮日記

今は趣味三昧の気ままなひとり暮らし。 覚悟をもって毅然と、でも時には誰かのために熱くなる、そんな日々の徒然を綴っています。

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バラ色のグルメ

今日は一年越しの想いが叶う日。初夏のような日差しに爽やかな風が心地良い、絶好のドライブ日和です。西に向かって車を走らせ一路須磨離宮公園へ。

こちらは月見山にある海を見下ろす欧風式噴水庭園で、昔は皇室の別荘だったとか。当時の建物はすでに焼失して面影はないけれど、この最高のロケーションにそれも納得できます。

この季節、何といってもバラが見事です。噴水を囲む『王侯貴族のバラ園』は満開の見頃。優雅な香りに包まれた華麗なるバラの饗宴です。ガーデンパラソルの下、日差しを避けながらイスに腰かけ、いつまでも眺めていたい幸せな気分。

須磨離宮公園 須磨離宮公園

そしてこの後はお待ちかね、ル・アンでランチです。須磨離宮に隣接し、神戸の迎賓館としての歴史をもつ瀟洒な大正ロマン薫る洋館『西尾邸』が、本格フレンチのブライダルハウス&レストランになっています。ここはヒールに履き替え、ちょっとお上品に。

窓際のテーブル席につき、お庭を見下ろせば、早くも期待でワクワク。まずはバラの香りがするノンアルコールのカクテルで乾杯。前菜3種、スープ、魚料理と肉料理にデザート。特に春キャベツのスープと牛肉の赤ワイン煮込みは絶品でした。
(こうしたレストランでの撮影は無作法と心得ますので、画像で紹介できないのが残念ですが。)

ル・アン ル・アン

角のない行き届いたサービスも素晴しい。とても贅沢で満ち足りた空間です。また是非来たいですね。お財布に余裕ができてお腹まわりのぜい肉が気にならなくなれば。。。

帰りは海の方まで坂を下って、久し振りに砂浜を歩きました。幼い頃を思い出す懐かしい海の匂い。いくつになっても楽しいなあ。
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| ◇兵庫 | 23:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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南蛮美術の光と影 ~泰西王侯騎馬図屏風の謎~ 

昨日は午後から神戸 旧居留地の神戸市立博物館へ。阪神高速神戸線は左手に海、右手間近に山が青々と迫り、お気に入りのアプローチ。久し振りの神戸です。

実は、ちょっと覘いておこう、ぐらいの感じで、あまり期待していませんでした。というのも、当然ながらスペイン・ポルトガルからキリスト教などが伝来した16世紀半ば桃山時代の作品が中心で、時代的に私の範疇ではないような気がしていましたし、南蛮美術といえば西洋画を真似た日本画というイメージが強く、完成度としてどうなのかという疑問をもっていました。

まずは音声ガイドを借りてスタンバイ。入ってすぐ目を引くのが、六曲一双の南蛮屏風3隻。金地に南蛮ものを描いた狩野派の伝統的な日本画ですが、進取の気風に溢れ、勢いのある堂々とした佇まいです。南蛮船を配した動きのある構図で、人々の様子が生き生きと描かれていて、隅々まで眺めているといろんな発見があって楽しい!

見どころは、やはりサブタイトルに『泰西王侯騎馬図屏風の謎』とあるように、イエズス会のセミナリオ(教育機関)で西洋の遠近法や陰影法を学んだ日本人が描いた初期洋風画である四曲一双の屏風。 神戸市立博物館とサントリー美術館とで分蔵されていますが、もとは福島 会津城の障壁画であったと伝えられています。

図柄は西洋の王8名が騎馬に乗った勇壮なもの。金地に墨や岩絵具で彩色された日本画です。右隻と左隻とでは微妙に印象が違うのは、金箔の厚さや純度に差があるからと最近の調査で判明したそうです。数奇な運命に翻弄されながらもようやく出会えた一双の屏風なのでしょうか。

音声ガイドから流れる教会音楽を聞きながら、この時代に花開いた南蛮文化が、キリシタン弾圧や鎖国によって消え去っていく短い歴史に想いを馳せると、なんだか気持ちがしんとなります。

外に出ると、潮の香りがしました。

| ◆兵庫 | 16:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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千里ペインクリニック 松永美佳子院長 講演会のお知らせ

箕面市を拠点に、がんの悩み相談会などの活動をされている’すばらしい夜明けの会’が主催する いのちの絆講演会で 『がん治療と緩和医療 ~がん難民にならないために~ と題し、千里ペインクリニックの松永美佳子院長が講演されます。

北摂地域で在宅ケアを中心に、日々命の最前線でがん患者と向き合う松永院長が、誰もに知っていてほしいと訴えるがん医療についてのお話です。こうした貴重な情報を得ることは、自分のためだけでなく、大切な誰かのためにもきっと役に立つはずです。

日時 : 平成24年6月24日(日)14:00~16:00
会場 : 豊中市千里文化センター「コラボ」2階集会場
会費 : 500円 (配布資料代)




北大阪急行または大阪モノレールの千里中央駅から徒歩3分ぐらいです。
ぜひこの機会をお見逃しなく。

箕面市社会福祉協議会のブログでも紹介されています。

| 千里ペインクリニックより | 03:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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王朝文化の華 陽明文庫名宝展

この月曜日、京都国立博物館はいつもなら休館日ですが、招待客のみの特別鑑賞会がありました。平安時代を代表する貴族・藤原氏の直系に当たる近衛家によって設立された陽明文庫が所蔵する名宝を一挙公開しています。

近衛家といえば、春になると真っ先に観に行く京都御苑の優美な糸桜が咲いているところが近衛邸跡です。さぞや華やかな展示かとわくわくしながら入場したものの、いきなり地味な古文書や古記録から。それが進めども進めども延々と続きます。

光源氏のモデルといわれる藤原道長の日記、国宝『御堂関白日記』が見どころでしょうか。けれど悲しいかな、何が書いてあるのか読めませんし、書の味わいがよくわかりません・・・ でも、まわりの皆さんは結構熱心に見入っておられます。中ほどで見つけた狩野尚信の絵巻は、さすがに別格でしたが。

目的の絵画は一番最後の展示です。横山大観や竹内栖鳳ら近代の絵画は、作品として素晴しいけれどまあまあ普通レベル、そして今回のパンフレットの表紙にもなっている酒井抱一の『四季花鳥図屏風』は、やっぱり圧巻でした。

尾形光琳をこよなくリスペクトする抱一が、江戸らしい洗練度を加えて確立したのが江戸琳派。姫路藩主の弟というだけに画風にも格調があります。独特な余白のとり方が粋ですね。金地に華麗な花鳥画。緑青(岩絵具)の深い緑が映えます。これを見られただけでも大満足。

書や茶道具に関心のある方にはたまらないでしょうね。

| ◆京都 | 20:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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京都 嵯峨野に吹く風は

GWが明けるのを待ちわびて、木曜日は朝から京都嵐山へ。静けさを取り戻した風薫る嵯峨野は、どこに眼を向けても鮮やかな新緑のグラデーション。期待どおりで気分が高まります。

車を駐車場に停めて、まずは天龍寺の塔頭、弘源寺から。お目当ては、春の特別拝観で公開中の本堂障壁画です。

弘源寺

明治から昭和にかけて京都画壇を代表する四条派の画家、竹内栖鳳の次男がこのお寺で病気療養していた折に、一門の画家たちが訪れて襖や扇紙や色紙に描いたという絵がたくさん残されています。その後、扇紙や色紙は貼交襖として仕立てられていて、これがなかなか壮観でした。さすが竹内一門だけに、画風が揃っていて美しい。

栖鳳は、鳥や兎や狐など動物を描いた作品が多く、私は特に猫が印象的でした。写実的だけれどもくどくなくて、柔らかい伸びやかな線で描かれた猫の背中が今でも目に浮かびます。眼を閉じてまどろんでいるような兎は、その体温までも伝わってくるようでした。

次は、野宮神社を通り過ぎ、爽やかな竹林の小径を通って、常寂光寺と二尊院を横目で見ながら祇王寺へ。うーん、何十年振りでしょう。手入れのよく行き届いた緑一色の苔庭を、背の高い楓が包み込むように覆っています。

祇王寺 祇王寺

昔は気付きませんでした。こんな素敵なところだったんですね。空気がしっとりして潤います。「苔寺よりきれいだ」と、横で見知らぬおじさんが呟いていました。

その次は、清涼寺を抜けて大覚寺へ。訪れたことがあるはずなのに、ほとんど記憶がありません。こちらでは音声ガイドを借りて、広い建物内をじっくり廻りました。

大覚寺4 大沢池
大覚寺 大覚寺

旧嵯峨御所大覚寺門跡というだけに、天皇家ゆかりの格式高いお寺です。狩野派の障壁画も多く大変魅力的。ですが、霊宝館に展示されているもの以外はレプリカだそうです。今は春期特別名宝展開催中で、楽しみにしていた京狩野派の祖、狩野山楽の牡丹図を見ることができました。

大沢池のほとりを歩いて、心地好い風に吹かれながらちょっと一息。その後、森嘉に寄ってお土産にひろうすと厚揚げを買い、早めの帰路につきました。

| ◇京都 | 08:37 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

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奇跡の仔

それはモネがまだ1歳に満たない頃のお話です。床に転がっているものは何でもおもちゃにしてしまう遊び盛り。小刻みに尻尾をフリフリする陽気なわんぱく坊主でした。

母は若い頃から洋裁が得意で、いつも何かしら縫い物をしていました。お蔭で私は、スカート・パンツはもちろんのこと、ワンピースやスーツ、時にはコートまで完全オーダーメイド。ほんと助かっていました。

でもテーブルまわりには服地の切れ端や糸がいっぱい。くれぐれも気をつけてと言っていたのに、あるとき座布団の上で嬉しそうな顔をしながら、針山から1本ずつ待ち針を口で引き抜くモネを発見  母にブリブリ文句を言って、モネから針山と散らばった待ち針を取り上げました。

そんなこともすっかり忘れて1ヶ月ほど経ったある日、トイレをすませたモネのお尻をふと見ると何か青いものが・・・? ん・・・?! ティッシュで拭き取ろうとすると、すっと抜けた・・・!!! 

え、ええーっ  私がつまんでいるのは、まぎれもない青い頭のついた待ち針。 ガーン

ということは、飲み込んだ待ち針が1ヶ月かけてモネのお腹を通って出てきたってわけ?! 長さ3cm以上ありますよ!! その時、『これは奇跡だ!モネは奇跡の仔だ!』と、妙に感動したのを覚えています。

のちに動物病院で自慢げにそのことを話すと、眉間にしわを寄せた先生に「笑いごとではありません」と、ぴしゃりと怒られました。

フリフリ

| モ ネ | 01:28 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

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がんで良かった・・・追想11

「がんで良かったですよ」と、看護師の一人が言った。
決して軽々しく言い放たれた言葉ではない。何年も自宅で最期を迎えるがん患者を見届けてきた人の、重みのある言葉だ。

人は皆、歳を重ねて先が見えてくると、どうか自分だけはポックリ死なせて欲しいと願う。でも本当にそれでいいのだろうか。大切な人に想いを伝えて別れを告げることもなく、突然あの世に旅立つのは、人生の仕上げとしては中途半端ではないか。死を覚悟して臨む最期にこそ人生を凝縮した哀歓があり、より深く人生を味わう。もちろんそれには少なからず苦痛が伴うけれども。

私も、「そうですね」とうなづく。が、ただしと心の中で続ける。それは、私たちのように在宅ホスピスの手厚い緩和ケアを受けて、あらゆる症状を管理される恵まれた環境にある者に限っては。

私たちも一つボタンを掛け違えていれば、今頃どうしていただろうか。病院の抗がん治療でベッドから立ち上がることもできないか、あるいはどこからも見捨てられて頼る場所もなく、自宅で苦痛と絶望に苛まれていたかもしれない。

千里ペインクリニックとの出会いが分かれ道だった。こうして住み慣れた自宅で普段通りの生活ができて、母は、いつでも好きなものを食べ、誰とでも会えて、行きたいところにも行けるし、残された時間を自由に使うことができる。本当に幸運だったと思う。

あと数ヶ月の命と言われて、迫りくる別離の時に恐れ慄きながら、私は毎日毎日、否1分1秒に心を注いで、母だけを見つめて支えていく。そんなことができるのも、がんという病だからかもしれない。

(2006年12月)

| 追想記 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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最後の旅行・・・追想10

伯母が旅行に行こうと誘った。私は急いで宿泊の手配をした。贅沢だったが、山陰天橋立の小さな岬にある木立に囲まれて落ち着いた風情の文殊荘松露亭に宿を取った。

元気なときでも、母はこんなに間隔を空けずに出掛けたことはない。私が仕事から戻ると、まだ2日前だというのに、すっかり旅行の準備を整えて、もういつでも出掛けられると言ってニッコリ笑った。子供のように心待ちにしているようだった。

こんな母を初めて見た。出不精で腰の重い人だったはずだが。

当日は体調も良さそうで、伯母を乗せてちょっと賑やかに車で出発。これまで何回となく、こうして3人で旅行してきた。切羽詰った気持ちが、この日ばかりは少し和らいでいる。

20年以上前、電車を乗り継ぎ二人で初めて訪れたときも、確か初冬で同じ頃だった。駅前のひなびた食堂に入ると女主人が私たちの顔を交互に見ながら、「母娘で旅行なんて羨ましいね」と言ったのを何故か鮮明に記憶している。母も覚えていただろうか。

宿に着くと、さすがに母は疲れた様子で、一旦床をとって横になった。急変しないかと心配したが、夕食時には回復し、ご馳走に舌鼓を打った。

翌日も穏やかな晴天だった。取り留めなく他愛のない話を三人でしながら、天橋立をゆっくりと散策した。伯母が母娘二人の写真を撮る。向い合って笑顔でポーズをつくってみせた。

何も違わない、これまでの旅行と。そんな風にも見えた。でも、母は無理をしていたと思う。一度もそのことには触れないが、娘と過ごす残りわずかな時間をいとおしんでいたにちがいない。

(2006年12月)

| 追想記 | 00:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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